市三がはいってゆくと、その小座敷にはもう三人来ていた。蝶足の膳を五つ、差向いに並べ、行燈が左右に二つ、火鉢が三つ置いてあった。
瓦屋の息子の宗吉をまん中に、こっちが石屋の忠太、向うに左官の又次郎が坐っていた。市三はかれらに頷いて、こっち側の奥の席へ坐った。宗吉がいま始めたところだと云い、又次郎が市あにいお先へとじぎをした。忠太はぶすっとした顔で、自分の盃を市三に差そうとし、気がついたのだろう、途中でやめて、こんどは燗徳利を渡そうとした。
「置いとけよ」と宗吉がそれを止めた、「いま持って来るだろう」
「おれたちのしきたりはおかしいよ」と忠太は手酌で飲みながら云った、「盃のやりとりなし、酌のしっこなし、よそで人と飲むときにはまごつくばかりだ」
女中が酒を持って来た。
「いい修業さ」と宗吉が云った。
「ええ」と女中が宗吉に振向いた。
「おめえじゃねえ」と宗吉が女中に云った、「さっきおやじに断わっておいたが、今日は相談ごとの集まりだから、肴はここにあるだけでいいんだよ」
「はいわかってます」と女中が云った、「お酒のときは手を鳴らして下さい」
女中が去ると、又次郎は自分の持っている盃を指さして、「よくわからねえんだが」とみんなの顔を見まわしながら云った、「――この酒、どういうことになるんだい、おらあからっけつで来ちゃったぜ」
「珍しいことを聞くもんだ」と忠太が云った、「いつもは胴巻にずっしり持ってるのか」
又次郎は市三と宗吉の顔を見た。どちらも知らぬそぶりで、忠太の云ったことなど聞きもしなかった、というようにみえた。
「のろがやって来て」と又次郎は呟くように云った、「ここへ早くこいって云うもんだから、おらあこのとおり仕事着のままとんで来ちゃったんだ」
「いいんだったら」と宗吉が手を振った。
「飲めよ」
「心配するな」と忠太が云った、「割前を取ろうたあ云わねえから」
又次郎は口へもってゆきかけた盃を止め、忠太を見て、おめえの奢りかときいた。
「気になるのか」と忠太が反問した。