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TORENDIA

しじみ河岸

本文約25,200字 ・ 読了時間 約51分

あらすじ(AIが作成しました)

南町奉行所の吟味与力・花房律之助は、深川の「しじみ河岸」で起きた殺人事件の被告人・お絹に不審な点を感じる。既に罪を認めている娘の自白があまりに単純であることに疑問を抱いた律之助は、再吟味を願い出る。かつて誤審で無実の者を死罪にしてしまったという父の懺悔を胸に、彼は事件の裏に隠された真実を追い求めていく。周囲の反対や過酷な長屋の現実を前に、新任の与力である律之助は真相究明に奔走する。

山本周五郎

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一

花房律之助はその口書の写しを持って、高木新左衛門のところへいった。もう退出の時刻すぎで、そこには高木が一人、机の上を片づけていた。

「ちょっと知恵を借りたいんだが」

高木はこっちへ振返った。

「この冬木町の卯之吉殺しの件なんだが」と律之助は写しを見せた、「これを私に再吟味させてもらいたいんだが、どうだろう」

「それはもう既決じゃあないのか」

「そうなんだ」

「なにか吟味に不審でもあるのか」

「そうじゃない、吟味に不審があるわけじゃない」と律之助は云った、「私はこの下手人のお絹という娘を見た、牢見廻りのときに見て、どうにも腑におちないところがあるので、こっちへ来てから口書を読んでみた」

高木は黙って次の言葉を待った。

「それから写しを取ってみたんだが」と律之助はそれを披いた、「これでみると娘の自白はあまりに単純すぎる、自分の弁護はなにもしないで、ただ卯之吉を殺したのは自分だ、と主張するばかりなんだ」

「あの娘は縹緻がよかったな」

「読んでみればわかる、これはまるで自分から罪を衣ようとしているようなものだ」

「おれに読ませるんじゃないだろうな」

「まじめな話なんだ」と律之助は云った、「私に再吟味をさせてくれ、申し渡しがあってからでは無理かもしれない、しかしいまのうちなら方法がある筈だ、たのむからなんとかしてくれないか」

高木は訝しそうな眼で彼を見た。

「なにかわけがあるのか」

「それはあとで話す」

「ふん、――」と高木は口をすぼめた、「あの係りは小森だったな」

「小森平右衛門どのだ」

「彼はうるさいぞ」と高木は云った、「彼は頑固なうえにおそろしく自尊心が強い、もし自分の吟味に槍をつけられたことがわかりでもすると、どんな祟りかたをするかもしれないが、いいか」

律之助は微笑した。

「それでよければ、考えてみよう、但しできるかどうかは保証しないぜ」

律之助は安心したように頷いた。

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