TRENDIA CLASSIC

しじみ河岸

山本周五郎

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花房律之助はその口書の写しを持って、高木新左衛門のところへいった。もう退出の時刻すぎで、そこには高木が一人、机の上を片づけていた。

「ちょっと知恵を借りたいんだが」

高木はこっちへ振返った。

「この冬木町の卯之吉殺しの件なんだが」と律之助は写しを見せた、「これを私に再吟味させてもらいたいんだが、どうだろう」

「それはもう既決じゃあないのか」

「そうなんだ」

「なにか吟味に不審でもあるのか」

「そうじゃない、吟味に不審があるわけじゃない」と律之助は云った、「私はこの下手人のお絹という娘を見た、牢見廻りのときに見て、どうにも腑におちないところがあるので、こっちへ来てから口書を読んでみた」

高木は黙って次の言葉を待った。

「それから写しを取ってみたんだが」と律之助はそれを披いた、「これでみると娘の自白はあまりに単純すぎる、自分の弁護はなにもしないで、ただ卯之吉を殺したのは自分だ、と主張するばかりなんだ」

「あの娘は縹緻がよかったな」

「読んでみればわかる、これはまるで自分から罪を衣ようとしているようなものだ」

「おれに読ませるんじゃないだろうな」

「まじめな話なんだ」と律之助は云った、「私に再吟味をさせてくれ、申し渡しがあってからでは無理かもしれない、しかしいまのうちなら方法がある筈だ、たのむからなんとかしてくれないか」

高木は訝しそうな眼で彼を見た。

「なにかわけがあるのか」

「それはあとで話す」

「ふん、――」と高木は口をすぼめた、「あの係りは小森だったな」

「小森平右衛門どのだ」

「彼はうるさいぞ」と高木は云った、「彼は頑固なうえにおそろしく自尊心が強い、もし自分の吟味に槍をつけられたことがわかりでもすると、どんな祟りかたをするかもしれないが、いいか」

律之助は微笑した。

「それでよければ、考えてみよう、但しできるかどうかは保証しないぜ」

律之助は安心したように頷いた。

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