TRENDIA CLASSIC

さるすべり

山本周五郎

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「かねて御推量もございましたろうか、治部少輔(石田三成)こと、上方において挙兵をつかまつり、伏見はすでに落城と申すことでござります」おどろくべき言葉を耳にして、思わず起きあがろうとしたが、あやうく自分のいる位置に気づき、浜田治部介は息をころしてじっとしていた。衝立屏風の向うでは使者がつづけて云う、「急報によって内府(徳川家康)には小山の陣をはらい、江戸へ帰城とあいさだめましたが、こなた少将(伊達政宗)どの御所存はいかがにございましょうや、もっとも御妻子は大阪おもてに質としてござあることゆえ、いちがいにお味方のあいなりがたき次第も、人情しかるべしと内府存じよりにございます」

「中途ながらその御趣意はしばらく」政宗がよくとおるこえで使者の口上をさえぎった、「内府さま御恩顧はまさむね夢寐にも忘れ申さぬ、たとえ妻子を質としこれを焚殺さるるとも、神明に誓って内府さまへのお味方に変心はおざらぬ、この儀はしかと申上げておきます」「お言葉ねんごろには存じまするが、御老臣がたともよくよく御談合あそばされませんでは」「政宗存じよりに反く家来はいちにんもおり申さぬ、御念におよばず内府さま御采配を承りましょう」

使者は押しかえして老臣との会議をもとめた、政宗は一存の動かざることを誓いぬいた。くどいと思われるほどのやりとりがあって、それならばと使者はかたちを正し、家康の軍令を伝えた。

「少将さまにはすみやかに白石城をひきはらい、岩手沢(陸前玉造郡)に陣をととのえて会津を御牽制なさるべしとのことにございます」「白石より退却せよと仰せあるか」政宗は意外なことを聞くというように、ややこえをはげまして反問した。

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