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TORENDIA

さぶ

本文約209,600字 ・ 読了時間 約420分

あらすじ(AIが作成しました)

小舟町の奉公先で人減らしの対象となったさぶは、奉公が続かない辛さを語り、葛西の実家へ帰るか悩む。そんなさぶの親友である栄二は、過去の過ちにより店を追われる境遇にあった。その後、栄二は島での歳月を通じて人生の教訓を得て社会へ戻り、おすえとの関係を深めていく。ある日、栄二のもとをさぶが訪ね、二人の友情と再会が物語の軸として描かれる。厳しい現実に直面しながら生き抜く二人の青年を通じ、市井の人々の悲喜こもごもを綴る物語である。

山本周五郎

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一の一

小雨が靄のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。

双子縞の着物に、小倉の細い角帯、色の褪せた黒の前掛をしめ、頭から濡れていた。雨と涙とでぐしょぐしょになった顔を、ときどき手の甲でこするため、眼のまわりや頬が黒く斑になっている。ずんぐりした躯つきに、顔もまるく、頭が尖っていた。――彼が橋を渡りきったとき、うしろから栄二が追って来た。こっちは痩せたすばしっこそうな躯つきで、おもながな顔の濃い眉と、小さなひき緊った唇が、いかにも賢そうな、そしてきかぬ気の強い性質をあらわしているようにみえた。

栄二は追いつくとともに、さぶの前へ立ち塞がった。さぶは俯向いたまま、栄二をよけて通りぬけようとし、栄二はさぶの肩をつかんだ。

「よせったら、さぶ」と栄二が云った、「いいから帰ろう」

さぶは手の甲で眼を拭き、咽びあげた。

「帰るんだ」と栄二が云った、「聞えねえのか」

「いやだ、おら葛西へ帰る」とさぶが云った、「おかみさんに出ていけって云われたんだ、もう三度めなんだ」

「あるきな」と云って栄二は左のほうへ顎をしゃくった、「人が見るから」

二人の少年は橋のたもとを左へ曲った。雨は同じような調子で、殆んど音もなくけぶっていた。

「おらほんとに知らなかったんだ」とさぶが云った、「ゆうべ粉袋を戸納へしまってたときに、勝手で使うから一つ出しておけって、おかみさんに云われた、だから一つだけ残しといたんだ、そしたらその袋が出しっ放しになってて、おかみさんは使ったあとでしまっとけって、その袋を返したのに、おれがしまい忘れたっていうんだ」

「癖だよ、癖じゃねえか」

「粉が湿気をくっちゃった、へまばかりする小僧だって」さぶは立停って、手の甲で眼のまわりをこすりながら泣いた、「――おら、返してもらわなかった、そんな覚えはほんとにねえんだ、ほんとに知らなかったんだ」

「癖だってば、おかみさんはなんとも思っちゃあいねえよ」

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