饒舌り過ぎる
本文約27,800字 ・ 読了時間 約56分
あらすじ(AIが作成しました)
長島藩の中老である土田正三郎と、近習頭の小野十太夫は、五歳から深い友情で結ばれている。二人は常に共に行動し、剣術の稽古や日常のやり取りを通じて不可分な関係を築いていた。十太夫が世を去った後、正三郎は亡き友の妻しづと対峙する。なぜ正三郎が見舞いに訪れなかったのか、互いに惹かれた女性と二人の奇妙な関係性を、正三郎は亡き十太夫の幻影と対話するように独白し、その饒舌な言葉の裏にある秘めたる苦悩と友情の形を明らかにする。
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一
奉行職記録所の役部屋へ、小野十太夫がはいって来る。彼は汗になった稽古着のままで、ときには竹刀を持ったままのこともある。
「おい土田」と十太夫はどなる、「今日は帰りに一杯やろう、枡平へいこう、いいな」
それから四半刻もするとまたやって来る。やっぱり稽古着のままで、額に汗が光っている。
「枡平はよそう、土田」と十太夫はどなる、「あそこは気取ってて面白くない、袖町のよし野で一杯やろう、いいな」
また或る日は、やはり汗になった稽古着のままとび込んで来る。汗止めもそのまま、片手で袴を掴んで、湯気の立っているような顔で、せいせいと荒い息をしている。
「おい土田」と十太夫はどなる、「まだ終らないのか、まだ仕事があるのか」
土田正三郎は黙ったまま、机の上をゆっくりと手で示す。まだ仕事の残っているときは、机の上には書類や帳簿がひろげてあり、硯箱の蓋があいてい、彼の手には筆が握られている。仕事がもう終っていれば、そこには書類も帳簿もないし、硯箱には蓋がしてあるし、机の上はきれいに片づいている。
「よし、道場へ来てくれ」と十太夫は片づいている机の上を見てせきたてる、「ちょっと道場へ来て相手になってくれ、癇が立ってしようがないんだ、一本でいいから相手になってくれ、さあいこう、おい、手っ取り早くしてくれよ」
そこで土田正三郎は立ってゆく。道場は三の丸の武庫の脇にあり、刻限のまえなら門人たちがいるし、刻限過ぎでも次席の安川大蔵がいて、土田が稽古着になるのを助ける。早く来いよ、と十太夫がせきたてる。いつまでかかるんだ、手っ取り早くしろよ、じれったいな、などと云って足踏みをし、少しのまもじっとしていない。土田はすっかり道具をつけるが、十太夫は素面素籠手である。というのは、打ち込むのは十太夫で、土田は受けるだけだからだ。
「さあ」十太夫は竹刀でびゅっと空を切って叫ぶ、「ゆくぞ」