醜聞
本文約22,800字 ・ 読了時間 約46分
あらすじ(AIが作成しました)
金穀出納元締役の功刀功兵衛は、藩の御用金を悪用して利を得ていた勘定吟味役の苅田壮平を追及する。苅田は生計に困窮する下級武士のためにやったと弁明するが、功兵衛は厳しく突き放す。その後、功兵衛は自身の過去に関わる女性さくらとの対峙や、自身の非人間的な冷徹さを省みる経験を経て、苅田の処分という問題に対し、単なる罰則を超えた人間としての誠実な対決を模索し始める。
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一
苅田壮平はなめらかに話した。それはちょうど、絵師が自分の得意な絵を描くのに似ていた。どの線もどの点も、またぼかしの部分や着彩の順にも、いささかの誤りもためらいもなく、すらすらと描きあげてゆくのを見るようであった。
楯岡のときと同じだな、と功刀功兵衛は思った。楯岡平助のときと殆んど同じだと、――裏のほうで仔猫のなく声がし、窓外の庇に枯葉の散りかかる音が聞えた。
「いや、私にはできません」と功兵衛はかすかに首を振った、「それは不可能だというほかはありません」
苅田は冷えてしまった茶を啜り、菓子鉢から栗饅頭を取って喰べた。
「ほう」苅田は好ましそうに微笑した、「これは寿栄堂の栗饅頭ですな、わたしはまたこれがなによりの好物でしてね、あの店はおやじと娘の二人でやっているんだが、娘はもう二十八九にもなるでしょうかな、おやじの栄吉があの娘を可愛くって手放せない、娘はあのとおりのきりょうよしだから、縁談は掃いて捨てるほどあるんだが、おやじがうんといわないためいまだに白歯のまんまです」
いつもの癖だ、と功兵衛は思った。都合がわるいとみると巧みに話をそらす。これまではもっと巧みだったが、いまではもう薹が立ってしまった。みじめだなと、功兵衛は相手から眼をそらした。
「いかがでしょう、あと半年」苅田は急に話を元へ戻した、「来年の四月までには必ず片をつけますが」
「あなたはまえにもそう云われた」
「功刀さんには正直に申上げた」と苅田はきちんと膝へ両手を置いた、「わたしは私利私欲のためにやったのではない、生計の苦しさに耐えかねた者たちのため、見るに見かねてやったことです」
また庇へ枯葉が散りかかり、それがみぞれでも降りだしたかのように聞えた。
「いますぐにと云っても、かれらには返済する能力がありません」苅田は続けていた、「しかしここで半年のゆとりがあれば、間違いなく金は集まると思う、いや必ず、たとえわたしの身をはたいても集めてみせます」
功兵衛はちょっとまをおいて反問した。
「あなたは楯岡さんのことを覚えていますか」