ちくしょう谷
本文約69,400字 ・ 読了時間 約139分
あらすじ(AIが作成しました)
朝田隼人は江戸から帰国後、兄・織部が部下の西沢半四郎との決闘により死去した事実を知る。織部が公金の不正流用に関与した疑いが浮上し、隼人は家禄半減の中で幼い甥の養育と生活再建を始める。藩校で剣術を教える傍ら、かつての兄の決闘相手である西沢と再会し、隠されていた兄の真意を知る。隼人は己の使命を自問しながら、兄の遺志を汲み、西沢の行く末を見守る中で、静かに自らの歩むべき道と向き合う物語である。
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一
朝田隼人が江戸から帰るとすぐに、小池帯刀が訪ねて来た。
「こんどの事はまことに気の毒だ」と帯刀は挨拶のあとで云った、「しかし織部どのと西沢とのはたしあいは、斎藤又兵衛の立会いでおこなわれ、正当なものと認められたし、西沢は三年間の木戸詰に仰せつけられて山へいった、事ははっきり始末がついたのだから、どうか騒ぎを起こすようなことはしないでくれ」
隼人は伏し眼のまま黙っていた。
「丹後さま騒動がおさまって五年にしかならない」と帯刀はまた云った、「それも本当に平静をとりもどしたのは、丹後さまの亡くなった去年からだ、そこをよく考えて、家中ぜんたいのために堪忍してくれ」
隼人が静かに眼をあげた、「はたしあいのあったのは、六月十七日だったそうだな」
「十七日の午後、北の馬場でだ」
「おれは江戸で兄から手紙をもらったが、その日付は六月十二日になっていた」
帯刀が訊いた、「どういう手紙だ」
「おれは騒ぎを起こすつもりはない」
「こんどの事に関係のある手紙か」
「それは二度と訊かないでくれ」と隼人が云った、「これからは後見として、甥の小一郎を育ててゆかなければならない、それがせめてもの兄への供養だと思う」
帯刀は頷いた、「どうかそうあってもらいたい、わかってくれて有難う」
隼人は黙って会釈を返した。