一
雨もよいの生温い風が吹いている。
ここは鈴鹿峠の裏道、俗に三本榧と呼ばれて、巨きな榧の木が三本、のんと立っている峠の八合目近くだ。
とっぷり暮れた暗い夜道を、足早に登って来る一人の侍がある。六尺たっぷりという身丈に、三尺余る無反の強刀を横へ、急ぎの旅で夜行するらしく、とっとっと三本榧までやって来た。すると――ふいに傍の雑木林の中から、ばらばらと十四五名の荒くれ男がとび出して来て、
「待て待て、侍待て!」
と行手へ立塞がった。足をとめた侍が、
「何だ」
と見やると、いずれも刀槍をひらめかした屈強の者ども、素性は云わずと知れている。
「拙者に何か用か」
「古いせりふだが用があるから止めたのよ、ここは鈴鹿の裏抜で、大蛇嶽闇右衛門様のお繩張内だ、峠を越す切手代りに、身ぐるみ脱いで献上しろ!」
凄味をつけて罵りたてた。
「大蛇嶽とは何者だな」
侍はべつに驚いたようすもない。
「鈴鹿の裏を抜けるにおれ様の名を知らぬとは迂濶なやつだ、大蛇嶽闇右衛門とは、山城、大和、伊賀、近江きっての山賊様よ!」
「山賊か」
と侍は頷いて、
「それは困った、拙者いま急用で先を急ぐのだ、幸い金子を二十両持っているが、これをやるから勘弁してくれぬか」
そう云って懐中から金包を取出した。見た目に似合わぬ侍の素直さに、却って底気味悪く思いながら闇右衛門は声をはげまして、
「ならねえ、網にかかった椋鳥は、尻の毛まで剥くが山賊の定法だ、褌だけはくれてやるから裸になれ、四の五のぬかせば殺して取るばかりよ!」
と喚きたてる。
「それではこうしよう」
侍は逆う気色もなく云った。
「拙者は藤堂家の臣、たたらたらら団兵衛という者だが、主君の急用にて京へ行く途中なのだ、今ここで衣服大小を取られては使者の役に立つことができなくなる。そこで相談だが、どうだろう、拙者がお役目を果すまでこの衣服大小を貸してくれぬか?」
云われて大蛇嶽がいささか面喰った。
「貸せばどうする?」
「帰りに立寄って、これをきさまに返上する!」
「その衣服大小みんなか?」
「みんなやる、武士に二言はない、京都へ行って来るまで貸してくれ!」
「面白い!」
闇右衛門はからからと笑った。