TRENDIA CLASSIC

留さんとその女

山本周五郎

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留さんは通船会社の万年水夫である。

彼はもう三十八になる、蒸汽河岸きって――いや村の漁夫たちを入れても――いちばん色の黒い男だ。黒いといってあんな黒さがあるだろうか、噂によると、

「どんな暗闇のなかでも留さんの顔だけは黒く見える」

といわれている。

彼は右足の拇指がない、お人好しで、ぐずで、いつも喉をごろごろならせている、いうまでもなくそれは悪い病気のせいだ、しかし留さんには留さんの哲学があった。

「二十年も蒸汽に乗っていれば、誰だってどこかしら鳴るようにはなるべえさ」

彼は馬鹿踊りの名人だ。

留さんは三十五号船に乗っている。船長はぶるさんといわれる七十近い老人で、体の水脹れにふくれた中気病みである。そのうえもうすっかり眼が霞みはじめているので、航海の舵をとるのは無理であった。しかしぶるさんはがんとして舵機を放さない。

「おらがこの船を下りるのはおらの死ぬときだ」

と云っている。

それはそうかも知れぬ、けれど眼の霞みはひどくなるばかりで、その春だけでも三艘の漁舟を突沈めてしまった。そこで会社では――なんと物分りのよい人たちであろう――留さんにある役割を与えた。だから留さんはいつも舳先のところに立って叫んでいる。

「おも舵だ、石炭船が来るぞ」

とかあるいはまた、「あ、危ねえ、ゴスタンをかけろ、とり舵だ」

とか。その役割は留さんの気に入ったらしい、彼はしばしばこう云っていた。

「おらがいねえば三十五号は闇だ」

みんなは彼をすっかり小馬鹿にしている。

一番ちびの十六になる幸保にさえせせら笑いをされている、しかし彼自身はそんなに自分を見限ってはいない、二十年まえにそう思ったように、今でも、

「もうそろそろひと花咲せるのもいい」

と考えている。

そこで蒸汽河岸の高梨の奥さんに、毎月いくらずつかの貯金をしてもらっているわけだ。それはちびの幸保までが、

「蒸汽乗りの面汚しだ」

と憤慨するほど熱心なものであった。

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