契りきぬ
本文約32,500字 ・ 読了時間 約66分
あらすじ(AIが作成しました)
五十万石の城下町、蔑まれる娼家が集まる河岸っぷちで生きるおなつは、ある日、通い詰める武家の青年・北原精之助と心を通わせる。おなつは精之助の子供を身ごもり、彼への純粋な愛を貫こうと決意する。精之助は近いうちに再会を誓い、雪の降る朝、おなつと子供を残して立ち去る。過酷な環境に置かれながらも、精之助を待ち続け、子供を強く育てようと願うおなつのひたむきな姿と、その心の機微を描く物語である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一の一
「また酔っちまったのかい、しようのないこだねえ、お客さんはどうしたの」
「いま菊ちゃんが出てるわ、こうなっちゃだめよかあさん、このひとにはお侍はいけないって、あたしそ云ってあるじゃないの」
「お侍ばかりじゃないじゃないか、お客ってお客を振るんじゃないか、それあ今のうちはいいさ、稼ぐことは稼いで呉れるんだから、こっちはまあいいけどさ、こんなこっちゃおまえ、いまにお客が黙っちゃいないよ、さんざっぱらおまわりだのちんちんだの好きなようにひきまわしておいてさ、いざとなるとみんなおあずけなんだもの、あれじゃあんまりひどいよ」
「あたしだって初めのうちはそうだったわ、ひとにもよるだろうけれど、汚れないうちはつい一日延ばしにしたいもんよ」
「このこはそんな初心なんじゃないね、どうして、相当しょうばいずれがしているよ、素人でこんなに酒びたりになれるもんじゃないし、性わるで有名な柏源さんまで手玉にとるところなんかさ――玉藻前じゃないけれど、いまにきっと尻尾を出すからみてごらん」
酔いつぶれたおなつはうつらうつらとそこまで聞いていた。悲しいなと思った。そうしていつものように、口のなかで母の名を呼びながら、いつか眠ってしまったらしい。――その泥のような不愉快な眠りのなかで、珍しくお屋敷の正二郎さまの夢を見た。まるまると肥った頬ぺたを赤くして竹の棒でいっしょけんめいに地面を掘っていらっしゃる。なにをしていらっしゃるのかときくと、
――この中にいい物があるんだよ。待っといで、いまみんなおまえにやるからね。