TRENDIA CLASSIC

超過勤務

山本周五郎

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「だめ、だめ」と若い女が云った、「いやよ、そんなことするんならあたし帰るわ」

「ばかだなあ、なんでもないじゃないか」と青年が云った、「こうしたって、こうしたって平気なのに、どうしてそれだけいけないんだ」

「知らないふりしないで」と女が云った、「あたしまだ嫁入りまえなんですからね」

「古臭いよそんなこと、きみの躯はきみのもんじゃないか」と青年が云った、「握手をする手だってキスをする唇だってきみのもんだし、そこだって同じきみの躯じゃないか」

「いやだったら、さわらないで」

「ばかだなあ」と青年は云った、「同じ躯の一部なのに、そこだけどうして区別するのさ、頬ぺただって足だってそこだって、みんな同じ組織なんだぜ」

「あなたがくどき魔だってことは知ってるわ、あなたはきまってこう云うんだって」と女は作り声になって云った、――「ザーメンさえはいらなければ完全な処女だ、トアレ[#「トアレ」はママ]へいってさっぱりするのと同じことだって、ふふ、知ってますよ」

「だってそのとおりなんだよ」

「さわらないで」女は身をそらした、「胸へさわられるとあたし死ぬほどくすぐったいのよ」

「くすぐったいだけかい」青年は女の肩を捉まえた、「そうじゃないんだ、くすぐったいだけじゃなく、もっとほかの」

「しっ、誰か来るわ」女は青年を押しのけた、「ほら聞いてごらんなさい、あの足音」

「ちえっ」と青年が云った、「きみがじらしてるから悪いんだ、損しちゃったじゃないか」

「いきましょう、堪忍袋が残業してたのよ」女は青年を押しやった、「みつかるとうるさいじゃないの、早くう」

彼らはドアをあけて去り、ドアをそっと閉めた。

二人の去ったドアの反対側にあるドアがあき、なんだと云う声がした。誰が電燈を消したんだ、それとも停電かな。生気のない呟き声に続いて、スイッチの音がし、電燈が明るくついた。

「おかしいな」彼は室内を眺めまわしながら首をひねった、「自分で消したのかな、そんな覚えはないんだが」

彼は持っている帳簿を置き、大きなデスクに向かって腰をおろし、神経質に椅子のぐあいを直してから、並んでいるベル・ボタンの一つを押し、ボイス・パイプの蓋をあけた。

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