「だめ、だめ」と若い女が云った、「いやよ、そんなことするんならあたし帰るわ」
「ばかだなあ、なんでもないじゃないか」と青年が云った、「こうしたって、こうしたって平気なのに、どうしてそれだけいけないんだ」
「知らないふりしないで」と女が云った、「あたしまだ嫁入りまえなんですからね」
「古臭いよそんなこと、きみの躯はきみのもんじゃないか」と青年が云った、「握手をする手だってキスをする唇だってきみのもんだし、そこだって同じきみの躯じゃないか」
「いやだったら、さわらないで」
「ばかだなあ」と青年は云った、「同じ躯の一部なのに、そこだけどうして区別するのさ、頬ぺただって足だってそこだって、みんな同じ組織なんだぜ」
「あなたがくどき魔だってことは知ってるわ、あなたはきまってこう云うんだって」と女は作り声になって云った、――「ザーメンさえはいらなければ完全な処女だ、トアレ[#「トアレ」はママ]へいってさっぱりするのと同じことだって、ふふ、知ってますよ」
「だってそのとおりなんだよ」
「さわらないで」女は身をそらした、「胸へさわられるとあたし死ぬほどくすぐったいのよ」
「くすぐったいだけかい」青年は女の肩を捉まえた、「そうじゃないんだ、くすぐったいだけじゃなく、もっとほかの」
「しっ、誰か来るわ」女は青年を押しのけた、「ほら聞いてごらんなさい、あの足音」
「ちえっ」と青年が云った、「きみがじらしてるから悪いんだ、損しちゃったじゃないか」
「いきましょう、堪忍袋が残業してたのよ」女は青年を押しやった、「みつかるとうるさいじゃないの、早くう」
彼らはドアをあけて去り、ドアをそっと閉めた。
二人の去ったドアの反対側にあるドアがあき、なんだと云う声がした。誰が電燈を消したんだ、それとも停電かな。生気のない呟き声に続いて、スイッチの音がし、電燈が明るくついた。
「おかしいな」彼は室内を眺めまわしながら首をひねった、「自分で消したのかな、そんな覚えはないんだが」
彼は持っている帳簿を置き、大きなデスクに向かって腰をおろし、神経質に椅子のぐあいを直してから、並んでいるベル・ボタンの一つを押し、ボイス・パイプの蓋をあけた。