一
宗城孝也は足袋をはきながら、促すように医者のほうを見た。花崗道円は浮かない顔つきで、ひどく念いりに手指を拭き、それから莨盆をひきよせて、いっぷくつけた。
「やはりそうですか」と孝也が訊いた。
道円は聞えなかったように、じっと、煙管からたち昇る煙を見まもっていた。
唇の厚い、眉毛の太い、酒焼けで赭くなった艶のいい顔が、とつぜん老人にでもなったように、暗く皺立ってみえた。
「間違いありません」と道円は云った、「お気の毒ですが、もう間違いはありません」
孝也は足袋のこはぜをしっかりと掛け、坐り直して医者の眼を見た。
「すると、期間は、どのくらいですか」
道円は「さよう」と云って、庭のほうへ眼をやり、それから煙管を詰め替えて、またいっぷく吸いつけた。
「さよう」と道円は云った、「人によって違うが、このようすだと、おそくとも一年、早ければ百日、……百日より早いことはあるまいが、一年よりおそくはないと思います」
孝也は頷いた。顔の硬ばるのが自分でよくわかった、全身の血がひいてゆくような感じで、眩暈が起こりそうであった。
「――百日、というと、み月ばかりですね」
「人によって違うから、むろん断言はできません」と道円は云い、初めて孝也を見た、「それに、私がそう診たてたというだけで、診たては医者によっても違うし、人間の躯というやつはときどき思いがけない変りようをするものですからな、まあいちおう、そのつもりでいてもらう、ということです」
「ほかにはもう、なにか」
云いかけて孝也は黙った。道円が彼を見た。孝也は首を振った。
「いや」と彼は口を濁した、「ではもう、あの薬を塗るだけでいいのですね」
「痛みがひどくなったら、そのほうの薬を調合しましょう」と道円が云った、「また変ったことがあったら来てみて下さい」
孝也は礼を述べて立ちあがった。あとから道円が送って来た。明るい二月の陽の溢れている庭に、紅梅がしんと咲いていた。
「まだ梅が咲いていますね」と孝也が云った。
「あれはばか梅で」と道円が云った。
辞去して門の外へ出ると、非常な力で緊めつけられるように胸が苦しくなり、呼吸が詰って、われ知らず孝也は喘いだ。