TRENDIA CLASSIC

つばくろ

山本周五郎

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吉良の話しがあまりに突然であり、あまりに思いがけなかったので、紀平高雄にはそれがすぐには実感としてうけとれなかった。

「話したものかどうかちょっと迷ったんだけれど、とにかくほかの事とは違うからね」

吉良節太郎はつとめて淡白な調子で云った。

「なんでも梅の咲きだす頃からのことらしい、七日おきぐらいに逢っていたというんだが、そんなけぶりを感じたことはなかったのかね」

「まるで気がつかなかった」

「だって七日おきぐらいに外出していたんだぜ」

「願掛けにゆくということは聞いていた、たしか泰昌寺の観音とか云っていたように思うが」

「それが不自然にはみえなかったんだね」

吉良はこう云ってから、ふと頭を振り、口のなかで独り言のように呟やいた。

「いかにも紀平らしい」

それは彼が高雄に対してしばしばもらす歎息であった。高雄の弱気に対して、善良さに対して。感動したばあいにも、また咎めるようなときにも、そう歎息することで彼は自分の気持を表現した。高雄は眼を伏せたまま遠慮するようにきいた。

「それで、相手も見たのかね」

「見たよ、森相右衛門の三男だ、知っているだろう、森三之助」

「――と云うと、たしか江戸へいった」

「ゆかなかったんだな江戸へは、現におれがこの眼で見ているんだから」

そこで吉良はちょっと口をつぐんだ。こちらの話すことが高雄をどんなにいためつけるか、どんな苦しみを与えるかは初めからわかっていた。しかしこんどの事はへたに劬わったり妥協したりしてはいけない。どんなに残酷であっても、傷口のまん中を切開し、腐った部分をきれいに掻き出してしまわなければならない、このばあいは無情になることが彼に対する友情なのだ。こう思いながら、吉良は事務的な口ぶりで云った。

「伊丹亭の者はまだなにも知らない、ほかにも気づいている者はないだろう、いまのうちに片をつけるんだな、狭い土地のことだからこのままいくと必らず誰かの眼につく、そうならないうちに始末をつけるんだ。……おれで役に立つことがあったらなんでもするよ」

吉良の家を出て暫らく歩くうちに、高雄は躯に不快な違和を感じた。発熱でもしたようで、頭がぼんやりし、膝から下がひどく重かった。

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