一
「しばらく、しばらくお待ち下さい」兼高討九郎はそわそわしながら急に面をあげて云った、「ただいまお達しの御意、いまいちど仰せ聞けられとうございます」
「その必要はない」老職水野主馬は、討九郎がそう云うだろうとかねて期していたようすで、あらぬ方へ眼をやりながら云った、「きたる六月より徒士組支配を免じ、馳走番仰せつけらる、それだけのことだ、わかったら退ってよろしい」
「それは、その、御上意でございますか」
「勿論のことだ」
「もしや人違いではございませんか、兼高には与右衛門もおり、玄蕃もおります、わたくしに馳走番のお達しはちと解しかねまするが」
「穏やかならぬぞ兼高」主馬は屹とふり向いた、「お上の御意を不服だと申すのか」
「もったいない、決してさようなことはございません、決してさような」
「では有難くお受けをするがよい」
「……はあ」
討九郎は手をあげて額をこすった。陽にやけた逞しい額から、横鬢のあたりを手でこすりながら、しばらく太息をついたり膝をもじもじさせていた。彼がそんなに落着かないようすを見せるのは初めてである。よっぽど去就に悩んでいたらしいが、やがて心をきめたとみえて、太い眉をぴくりとさせながら云いだした。
「まことに我儘な申しようではございますが、ご老職もご承知のように、わたくしは無骨者で礼儀作法に疎く、まことの野人でございまして、とても馳走番などという堅苦しいお役は勤まりかねるかと存じます」
「だからどうだと申すのだ」
「つまりその、あれでございます、その、わたくし如き者には」
「お受けはならぬというのか」
「ひらに、ひらに」討九郎は両手をおろしながら云った、「ご老職の格別のお口添えをもちまして、この儀はご免ねがえますよう、おとりなしのほど、ひらにおねがい申しまする」彼の額には汗が滲みだしていた。
「御上意にそむいてもお受けはならぬと申すのだな」
「勤まりかねるお役とわかっているものを、お受け申してあやまちを仕でかしますよりは、初めから辞退するのが至当だと存じます」
主馬は眉をひそめてじっと討九郎をみつめていたが、やがてしずかに頷いた。
「よし、ではそのように言上しよう」