TRENDIA CLASSIC

土佐の国柱

山本周五郎

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「高閑さま、召されます」

「…………」

「高閑さま、高閑さま」

連日のお伽の疲れで、坐ったまま仮睡をしていた高閑斧兵衛は、二度めの呼声ではっと眼をさました。……近習番岡田伊七郎の蒼白い顔が、燭台の火影に揺れて幽鬼のように見えた。斧兵衛は慄然として思わず、

「どうあそばした、御急変か」

と息を詰めながら訊いた。

「いえ、お上がお召しなされます」

「お召し、ああそうか」

ほっと溜息をついて、斧兵衛は何度も頷いた。

土佐守山内一豊は、春からの微恙が次第に重って、初秋と共に愈重態となり、殊にこの四五日はずっと危篤の状態を続けていたので、重臣たちは殆ど城中に詰めきりであった。……中にも高閑斧兵衛は、身分こそ千二百石の侍大将に過ぎなかったが、一豊がまだ猪右衛門といった時代からの随身だし、寵愛殊に篤かったので、傷心のさまは傍の見る眼も痛ましく、もう二十余日というもの、一度も下城せず、寝食を忘れて、万一の恢復を祈っているのであった。

病間はがらんとしていた。お伽衆も居ず、侍医も女房たちも見えなかった。

「近う、ずっと近う」

「……御免」

「遠慮は無用だ、ずっと近う寄れ」

一豊は、痩せた手をあげてさし招いた。そして、斧兵衛が云われるままに上段間際まで膝行すると……おち窪んだ眼を静かに向けて、

「今宵は、……其方と悠くり話そうと思ったので、態と一同に遠慮をさせたのだ。其方と差向きで話の出来るのも、恐らく是がしまいであろう。……顔を見せい」

斧兵衛はすばやく泪を押拭ってから、平伏していた顔をあげた。一豊は暫くのあいだ、昵とそれを見戍っていたが、

「其方もじじいになったな」

としみ入るような声で云った。

「思えば其方とは長い宿縁であった。主従そろって芋粥を啜った尾張時代から、生き残っているのは其方一人だ。……覚えて居るか、安土の馬寄せの日のことを」

「まことに、昨日の如く覚えまする」

一豊がまだ木下秀吉の配下であった頃、その妻が鏡筥の中から金拾両を出して、良人に名馬を買わしめた、安土城馬寄せが行われたとき、これが信長の眼に留って、一豊出世の端緒を成した話は有名である。

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