燕(つばくろ)
本文約24,700字 ・ 読了時間 約50分
あらすじ(AIが作成しました)
佐藤又左衛門の邸宅で、かつての仲間である梶本枯泉らが旧交を温め、若き日の思い出や過ぎ去った年月を語り合う様子を描く。同じ頃、松林では佐藤正之助と畑中早苗、そして渡貫藤五と相川忠策といった若者たちが、それぞれの想いを抱きつつ未来を見据えていた。かつて集い合った場所で、老いゆく者たちが静かに余生を語り、新たな世代が活気に満ちた日々を謳歌する姿を通じて、移ろいゆく季節と人生の断片を綴る物語である。
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若い人たち(一)
佐藤正之助が手招きをした、「こっちだ、大丈夫だよ、祖父がいるだけだから」
「でも悪いわ」と阿部雪緒が囁いた、「お庭を通りぬけたりして、もしもみつかったらたいへんよ」
「こっちの松林をゆけば裏木戸があるんだ、木戸の外には栗の木が茂っているから、そこなら誰にもみつからずに話ができるんだよ」
「だめ、いやよ」雪緒はかぶりを振った、「そんなところで二人っきりで話すなんて、わたくしこわいからいや」
「なにがこわいんだ」
「なんでも」と雪緒は脇へよけた、「あなた今日はどうかしていらっしゃるようよ」
「どうかしていらっしゃるようだ、なんて云わなくっても本当にどうかしてるんだ、あなたのためにね、阿部雪緒さん」
「そういうお口ぶり嫌いよ、わたくし、――もうゆかなければへんに思われますわ」
「いらっしゃい、どうぞ」と佐藤正之助は一揖した、「力ずくで止めたりはしませんから」
「怒ったふりをなさるのね」
「いらっしゃいと云ってるんです」
「怒ったふりをなさってるのよ」
「どうぞと云ってるだけですよ、みんなのことが心配なんでしょう」
「ねえ、――あとで」と雪緒が囁くように云った、「その栗の木の林がどこにあるか教えて」
「いっしょに来ればわかるよ」
「いまはだめって申上げているでしょ、畑中の早苗さまが待っているのよ」
「兄の采女もいっしょにか」
「ばか仰しゃい」と云って雪緒は急に口へ手を当て、それからすばやく囁いた、「お縁側へどなたか出ていらしったわ、あの方がおじいさまですの」
「そうじゃない」佐藤正之助は伸びあがって、広庭の向うにある母屋を見た、「あれは祖父じゃあない、私の知らない人だ」
「まいりましょう、みつかると困りますわ」
主人と客(一)
梶本枯泉は広縁に立って、庭の西端の松林と、その向うにひろがる湖の青い水面と、湖を越した対岸の遠い山なみを眺めながら、幾たびも胸をひろげて深い呼吸をした。
「いいな、昔のとおりだ」と梶本は云った、「松林が高くなったくらいかな、いや、湖水へおりる道がもっとこっちにあったようだな」