TRENDIA CLASSIC

燕(つばくろ)

山本周五郎

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若い人たち(一)

佐藤正之助が手招きをした、「こっちだ、大丈夫だよ、祖父がいるだけだから」

「でも悪いわ」と阿部雪緒が囁いた、「お庭を通りぬけたりして、もしもみつかったらたいへんよ」

「こっちの松林をゆけば裏木戸があるんだ、木戸の外には栗の木が茂っているから、そこなら誰にもみつからずに話ができるんだよ」

「だめ、いやよ」雪緒はかぶりを振った、「そんなところで二人っきりで話すなんて、わたくしこわいからいや」

「なにがこわいんだ」

「なんでも」と雪緒は脇へよけた、「あなた今日はどうかしていらっしゃるようよ」

「どうかしていらっしゃるようだ、なんて云わなくっても本当にどうかしてるんだ、あなたのためにね、阿部雪緒さん」

「そういうお口ぶり嫌いよ、わたくし、――もうゆかなければへんに思われますわ」

「いらっしゃい、どうぞ」と佐藤正之助は一揖した、「力ずくで止めたりはしませんから」

「怒ったふりをなさるのね」

「いらっしゃいと云ってるんです」

「怒ったふりをなさってるのよ」

「どうぞと云ってるだけですよ、みんなのことが心配なんでしょう」

「ねえ、――あとで」と雪緒が囁くように云った、「その栗の木の林がどこにあるか教えて」

「いっしょに来ればわかるよ」

「いまはだめって申上げているでしょ、畑中の早苗さまが待っているのよ」

「兄の采女もいっしょにか」

「ばか仰しゃい」と云って雪緒は急に口へ手を当て、それからすばやく囁いた、「お縁側へどなたか出ていらしったわ、あの方がおじいさまですの」

「そうじゃない」佐藤正之助は伸びあがって、広庭の向うにある母屋を見た、「あれは祖父じゃあない、私の知らない人だ」

「まいりましょう、みつかると困りますわ」

主人と客(一)

梶本枯泉は広縁に立って、庭の西端の松林と、その向うにひろがる湖の青い水面と、湖を越した対岸の遠い山なみを眺めながら、幾たびも胸をひろげて深い呼吸をした。

「いいな、昔のとおりだ」と梶本は云った、「松林が高くなったくらいかな、いや、湖水へおりる道がもっとこっちにあったようだな」

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