TRENDIA CLASSIC

三悪人物語

山本周五郎

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井住のくに佐貝は中世日本における唯一の自由都市であった。永禄四年にキリスト教伝道のため佐貝へ来たヴィレラ師は、「――他の都市が戦乱によって惨害を受けている時、佐貝のみは平和と独立と特権と自由を保持し、共和政治の下に極めて安穏に富み栄えている。その状あたかもベニスのごとくである」と記している。しかり、佐貝は独立自由の市であった、巨万の富を擁し海外より舶載する豊かな物資があり、銃砲製造所もある。そこで勇猛なる戦国諸豪も、佐貝には膝を屈して軍用資材の融通を乞うくらいだった。

しかし自由とか平和とか独立などというやつは、人類の文化を阻害し毒するものに違いない、なぜならそれは朝顔の花のようにしぼみやすく、美人の容姿のごとくなが続きがしないからだ。佐貝市もその例外ではなかった、やがて叩かれる時が来た。織田信長がごっそり金と物資を運び去り、豊臣秀吉は市の三方にある濠を埋め、会合衆(佐貝の倉庫業者で共和自治体の司政官)らを強制的に大阪へ移住させた。慶長十九年には大阪冬の陣で東西両軍の争奪地となり、夏の陣ですっからかんに焼き払われた。掛値なしの焦土となって徳川氏に直轄され、「佐貝政所」なる代官制が布かれた。――南欧ベニスに比せられたる佐貝の「自由都市」たる性格も、歴史の法則にしたがってかく解体され、淘汰の石車によってきれいに地均しをされた結果、単なる幕府の代官所在地となり終わったのである。

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