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TORENDIA

野分

本文約21,300字 ・ 読了時間 約43分

あらすじ(AIが作成しました)

新庄藩主の庶子として生まれ、藩の跡目争いに巻き込まれた楢岡又三郎は、料理茶屋で働く娘・お紋と親しくなる。しかし、藩内の派閥抗争が激化する中、又三郎は屋敷の周囲を固める警護役たちに翻弄され、身の安全のために自由を奪われていく。又三郎を慕うお紋もまた、祖父・藤七との過酷な決断を迫られ、再び姿を消す。激しい風が吹き荒れる野分の中、二人の行く末は交わることなく、又三郎は叶わぬ想いを抱いて孤独に立ち尽くす。

山本周五郎

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一

「なにがそんなに可笑しいんだ」

「だってあんまりですもの」運んで来た燗徳利を手に持ったまま、お紋は顔を赤くして笑い続けた、「……板前さんがあんまりなんですもの」

「板前がどうあんまりなんだ」

「若さまが鯊のあらいって仰しゃったでしょう、ですからそう通したんですよ、本当にちゃんとそう通したのに、今いってみたらこうやって、爼板の上へ黒鯛をのせているんです」そこでまたさも堪らないというようにふきだした、「……澄ましてこうやって黒鯛を作ろうとしているんですもの、鯊と黒鯛とまちがえるなんてあんまりだわ」

「ばかだな、それがそんなに可笑しいのか」

こう云って又三郎はもの憂げに盃を口へもっていった。……その夜、屋敷へ帰って寝所へはいってから、又三郎はふいとそのことを思いだし、ひとりでくすくす笑いだした。つまらないことをあんなに笑うお紋が可笑しくなったのだ。顔を赤くして片頬にえくぼをよらせて、くるしそうに笑いこける娘の姿も、ありありと眼に浮んだ。……後から考えると、それがお紋という者に眼を惹かれる、最初のきっかけだったのである。

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