一
軍服を着た肩のたくましい背丈の眼だって高い青年が、大股のひどく特徴のある歩きつきで麻布片町坂を下りて来た。片手に鞄を持ち、右の肩に大きくふくらんだ雑嚢をひっ掛けている、鞄にも雑嚢にも筆太の無遠慮な字で麻川来太と書きなぐってあるが、その特徴のある歩きぶりと体つきとが似合っているように、そのなぐりつけたような名の文字と風貌ともよく似ているので、注意して見る者にはちょっと失笑したくなるような印象を与える。……坂の途中で彼は左へ折れた、そこは閑静な中流の住宅街で、たいてい同じような門と塀をとりまわし、樹の多い庭や、古びたつつましやかな、しかし住み心地の良さそうな家構えなど、みなどこかに共通点のあるのが、その街筋ぜんたいにおちつきと静かさを保たせている。……麻川来太は曲がった角から三軒めの家を訪れた。野茨の低い生垣の門を入ると洋風の玄関があり、春の光のいっぱいにさしているその片隅に鸚鵡の籠が置いてあった。
「よう、生きていたな」彼は鸚鵡に話しかけながら呼鈴を押した、「……おまえが生きているくらいなら皆さん大丈夫だろう、どうだ、今でも豆腐屋をやるか」
扉が明いて中年の婦人が顔を出した、そして「まあ来さん」と云って片手で自分の胸を押えた。来太は右の手でひょいと一種の身振りをし、唇を上へ押し上げるようにしながらにやっと笑った。眉も眼も少し尻下がりの、角張ったがっちりとした顔は、そのままでも相当に愛嬌があるが、笑うとまるであけっ放しな腕白小僧のような顔つきになる。
「まあ来さん」と、婦人はもういちど息を吸い込むように叫んだ、「……あなたお帰りになったの、ご無事だったんですか」
「ええ生きて帰りました」
「まあ、それはまあ、それなら電報くらい打っておよこしになればいいのに、とにかくまあお上がりになって」
「お邪魔します、しかし二時間しか余裕がありませんからどうか構わないでください」
「はいはい承知いたしました」婦人は来太の鞄を受け取りながら振り返って呼んだ。
「由利さん、来太さんがお帰りになってよ」