TRENDIA CLASSIC

はたし状

山本周五郎

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今泉第二は藩主の参覲の供に加わって、初めて江戸へゆくことになったとき、和田軍兵衛の長女しのを嫁に欲しいと親たちに申し出た。まず母に話したのであるが、母はさも意外なことのように、こちらの顔をまじまじ眺めながら、すぐには返辞ができないというふうだった。

「いけないでしょうか、私は、母上はもう御承知だと思っていたんですが」

「とんでもない、母さんはまるで知りませんよ、却ってその反対だと思っていたくらいです、だってあなたは小さいじぶんから和田へ入り浸りで、あちらの子たちとはずっときょうだいのようにしておいでだったでしょう」

「だから察して下すっていると思ったんですがね」

「普通はそれとは逆なものですよ」

嫁に欲しい娘のいる家などへは、一般に男はそう頻繁には出入りしない。それまでごく親密だったとしても、そういう気持が起こればしぜんとゆきしぶるようになるのが通例である。母はそんなふうに観念的な意見を述べた。……そのとき第二の頭にふと藤島英之助の名がうかび、そういえば彼はこのごろあまり和田へ顔をみせないがどうしたのか、などと思った。それは母の言葉から受けた反射的な連想だったろう、きわめて漠然とそう思っただけであるが、あとで考えると、母の意見にも、彼が藤島を思いだしたことにも――どちらも無意識ではあったが――決して偶然でない意味があったわけである。

父には母から話して貰った。父は渋い顔をしたそうである。ほかに縁談もあったらしい。また和田軍兵衛は母の兄で、しのと第二とは従兄妹に当る関係から、血が重なりすぎるとも云ったが、結局、それほど熱心なら、と折れて呉れたということであった。

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