はたし状
本文約19,300字 ・ 読了時間 約39分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸へ赴く今泉第二は、従兄妹のしのと婚約するが、半年後に突然の破談を知らされる。理由も分からぬまま疑惑と苦悩の日々を送る第二のもとに、友人たちが複雑に絡み合う。やがて、友人である藤島英之助や八木千久馬の言動を通じて、かつて抱いた友情と愛情の歪みが露呈する。第二は自らが抱えていた誤解と執着に向き合い、しのとの再会を経て、かつての友人たちとの過去を精算しようと試みる。
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一
今泉第二は藩主の参覲の供に加わって、初めて江戸へゆくことになったとき、和田軍兵衛の長女しのを嫁に欲しいと親たちに申し出た。まず母に話したのであるが、母はさも意外なことのように、こちらの顔をまじまじ眺めながら、すぐには返辞ができないというふうだった。
「いけないでしょうか、私は、母上はもう御承知だと思っていたんですが」
「とんでもない、母さんはまるで知りませんよ、却ってその反対だと思っていたくらいです、だってあなたは小さいじぶんから和田へ入り浸りで、あちらの子たちとはずっときょうだいのようにしておいでだったでしょう」
「だから察して下すっていると思ったんですがね」
「普通はそれとは逆なものですよ」
嫁に欲しい娘のいる家などへは、一般に男はそう頻繁には出入りしない。それまでごく親密だったとしても、そういう気持が起こればしぜんとゆきしぶるようになるのが通例である。母はそんなふうに観念的な意見を述べた。……そのとき第二の頭にふと藤島英之助の名がうかび、そういえば彼はこのごろあまり和田へ顔をみせないがどうしたのか、などと思った。それは母の言葉から受けた反射的な連想だったろう、きわめて漠然とそう思っただけであるが、あとで考えると、母の意見にも、彼が藤島を思いだしたことにも――どちらも無意識ではあったが――決して偶然でない意味があったわけである。
父には母から話して貰った。父は渋い顔をしたそうである。ほかに縁談もあったらしい。また和田軍兵衛は母の兄で、しのと第二とは従兄妹に当る関係から、血が重なりすぎるとも云ったが、結局、それほど熱心なら、と折れて呉れたということであった。