鉢の木
本文約13,200字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
酒波の里で困窮する四郎兵衛は、妹の萩尾を所望する豪族佐伯又左衛門と対立する。当初は柔弱と見なした又左衛門の気概を認めた四郎兵衛は、果し合いの約束を経て二人の縁組を承諾する。祝儀の席で二人は鉢の木を謡い合い、古き具足をまとった四郎兵衛は戦場へ馬を駆る。武士の生き方に思いを馳せる又左衛門は、未明の空の下で去りゆく姿を見送る。
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一
そのような運命が一夜のうちにめぐって来ようとは思いも及ばぬことであった。もしも半日まえにそう予言する者があったとしても、おそらくかれは一笑に付してかえりみなかったに違いない、すべての事情がそれほどゆきづまり、心は絶望におちていたのである。……その運命の時からちょうど半日まえ、四郎兵衛は藪下の家で賃取りの箭竹つくりをしていた。家といっても柱は歪み壁は落ち、床も框も朽ち腐ったようなむざんなありさまで、どんなに貧しい農夫でも住む気にはなれそうもないものだった。村の人たちが藪下と呼んでいるとおり、まわりは叢林と藪でかこまれているうえに西がわから南を丘で塞がれているため、少し日が傾くと家の中は黄昏のように暗くなる。裏には丘の根からひいた筧があって絶えず潺涓の音をたてていたし、春になると横手にある辛夷の花が窓から散りこみ、また四季を通じて破れた板庇から月がさしこんでくる、けれどもそういうものを風雅だと思うには心のゆとりが無さすぎた。朝夕の炊ぎの代に窮するというだけではない、寐ても覚めても、かた時も忘れがたい苦しい想いが心をとらえて放さないのである。――こうしてなにを待っているんだ、そのときもかれはおなじ自問自答を繰り返していた。なにを待っているんだ、このとおりすべてがゆきづまり、あらゆる期待が絶望だとわかっているのに、どうしてこのみじめな生命に区切りをつけないんだ。幾たび繰り返してもおなじところへおちるにきまっていて、しかも絶えず頭を去らない苦しい想いだった、ついには堪えられなくなって、手にした小刀を措き惘然と外へ眼をそらした。そこへ道のほうから妹がはいって来た、……家の中はもうかた明りで暗かったが、戸外は黄昏まえの鮮やかな光りが漲っていて、はいって来る萩尾の姿をあやしいほど美しく描きだしてみせた。