TRENDIA CLASSIC

評釈勘忍記

山本周五郎

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駒田紋太夫は癇癖の強い理屈好きな老人であるが、酒がはいってるときはものわかりのよい人情家になる。そのときも程よく酔っていた。そのうえ多年の念願だった隠居の許しが下って、数日うちに城北いなり山の別宅に夫婦だけで移ることになり、すでに荷物も送り出したという状態で、甥の庄司千蔵にとっては又とない面会の好機だった。もちろん初めは渋い顔をみせられた。江戸邸から精しい手紙が来ていたとみえて、拳固一つくらいの事まで「なんたる態たらくだ」などとどなられた。千蔵のほうでは覚悟のまえであった。どうせ褒められようとは思っていない、小さいじぶんこの伯父さんが江戸に来るたんびに、癇癪を起こすのが面白くってよく悪戯をした。父と酒を飲んでいるとき、汁椀の中へ蜻蛉を入れたり、敷いてある寝床の中へ飛蝗を二十も突込んで置いたり、帰り際に刀を隠したりした。最も面白かったのは、厠へはいっているとき窓から西瓜を投げ入れたのと、酔って寝ている枕許へ半を置いて、起きると水をかぶるような仕掛けを拵えたときだ、甲のばあいは夜の厠で蹲んでいる頭へ西瓜が落ちたらしい、ごつんという音といっしょに「ひょう」というような奇声が聞えた。乙のときも予期以上に仕掛けがうまく利いて、起上るとたんにざっぷりと水をかぶったが、逆上したのだろういきなり刀を抜いて、無礼者と叫びながら転げている半を斬ったのには驚いた。「こいつは碌な者にはならん」とその頃から目の敵にされていたので、ぎゅっという目に遭うだろうくらいは暗算して来たのである。ところが小言は割かた軽く済んで、五年ばかり見ないうちにすっかり肥って酒光りの出た赭ら顔も、どうやら隠居らしい温厚なおちつきが表われている。千蔵つい嬉しくなって、世間の親爺という親爺をみんな隠居させたらさぞ安楽だろうと思ったくらいである。

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