一
霜月のよく晴れた日であった。
お由美は婢のよねを伴れて浅草寺に詣でたが、小春日和の、如何にも快い陽射しに誘われて、つい大川端の方へ足が向き、それから橋場の先まで歩いたので、帰りにはさすがに少し疲れ、茶屋町まで来てふと通りがかりの掛け茶屋へ休みに入った。
舌を焦がすような渋茶を啜りながら、お由美は摘んで来た野菊の枝を揃えた。もう葉は霜枯れているのに、鮮やかな紫の三、五輪の花は、そのまま深い秋の色をとどめている。
――雄物川の岸にも咲いていた。
ふと故郷の山河が眼にうかんで来た。
「きれいな色でございますこと」
よねも眼を細めながら云った。
「秋らしくて、いい花ね。いちばん好きよ、秋田へ行くと一面にこれが咲いているの、雄物川という大きな川の堤なのよ……子供のじぶん親しいお友達と二人きりで、誰にも教えない約束をして、大事にしていた場所があったわ」
「あちらはずっと北国でございますか」
「そう、今じぶんはもう雪だわ」
お由美は遠くを見るように眼を上げた。
雪国で育った肌は絖のように白くひき緊って、眉つき眼許の淋しいなかに、飽くまで朱い湿った唇だけが、身内にひそんでいる情熱を結んでみせたかのように嬌めかしい、……江戸の下町で生立ったよねなどから見ると、それは妖しいほどの美しさであった。
「あの……もし」
そう呼ばれてお由美が振返ると茶汲み女の一人が側へ来て、
「ちょっと是を」
云いながら小さな紙片を差出した。
なんの気もなく受取ってみると、二つ折にした中になにか書いてある、披いたお由美の眼へいきなり「新五郎」という署名がとびこんで来た。
お話があります、供の者をお帰しなさい、不承知なら其処へ名乗って出ます。
その短い文字はお由美の全身の血を凍らせた。息の止まるようなとは此事であろう。お由美は懸命に驚愕を抑えながら、素早くその紙片を丸め、
「分りました、これで」
と銭入から夢中で、幾らとも知れず取出して女の手へ渡し、
「よね、参りましょう」
そういって立上った。
震える足を踏みしめながら二三十間行くと、尖ったお由美の神経は直ぐに、後から跟けて来る人の跫音を感じた。