TRENDIA CLASSIC

孫七とずんど

山本周五郎

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烈風と豪雨の夜だった。遠江のくに浜松城の曲輪うちに建ちならぶ将士の家屋敷は、すさまじい雨と風に捲き叩かれていまにも揉み潰されるかと思われた。なかでも榊原小平太康政の屋敷は大手門をはいったすぐ東がわにあり、ことに風当りがひどかったとみえてさんざんなありさまだった、三棟ある侍長屋のうちまず二棟が倒された、康政の住居も廂をめくられ蔀を剥がれた、塀などはその跡もとどめないくらい吹きとんでしまった。家来たちは頭からずぶ濡れになり、闇をひき裂くような風に叩かれながら、罵り喚きつつ右往左往していた。……すると夜半すぎた頃になって「端のお長屋があぶないぞ」という叫びごえが聞えた。みんなが駈けつけてみると、なるほど風の煽りで板屋根が波をうちだしているし、長屋ぜんたいがみちみちと悲鳴をあげながら揺れたっている、「早く誰か綱を持って来い」「いやうしろからつっかい棒をしろ」口ぐちに叫びたてていると、長屋の端にある家の戸がぎちぎちと軋みながら内がわから明いた、そして中からぬっとひとりの侍が出て来た。

「や、や、なんだ」みんなびっくりしてとび退いた、あんまり思いがけなかったので、胆を潰したのである。家の中から出て来た男はきわめて漠然たる眼つきでみんなを見まわした、胸の厚い骨組みのたくましいみごとなからだである、眼も口も鼻も大きい、耳も大きい、眉毛もあざやかに黒ぐろと太い、雑作がなにもかも大きくできている、それが実に漠然たる感じでぬうっと立ちはだかったのは壮観だった。

「やあ孫七ではないか、おう孫七だ」ひとりがようやく相手を見わけてそう叫んだ、それがもういちどみんなを仰天させた、「本当に孫七だ、いったいきさまどうしたんだ」

「おれか、おれはどうもしないよ」

「どうもしないと云って、きさま今までこの中でなにをしていたんだ」

「寐ていたのよ……」

「あきれたやつだ、みろ、もう潰れかかっているぞ」

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