枡落し
本文約33,600字 ・ 読了時間 約68分
あらすじ(AIが作成しました)
夫が罪人となったために世間から冷遇され、死を望む娘のおうめに心を痛める母のおみき。二人は非難の目を避け、江戸の町を転々としながら懸命に生きる道を模索する。職人の芳造は、そんな苦難の中にいるおうめを支え、自らの店を持つという目標を抱いて彼女を愛し続ける。周囲の人々の冷たさに傷つきながらも、おみきは過去を振り切り、娘の未来を静かに見守る。困難な環境下で結ばれた二人の絆と、母としての切なる願いを描く物語。
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一
――ねえ、死にましょうよ、とおうめが思いつめたように云った。二人でいっしょに死にましょうよ、ねえ、おっ母さん。
表通りから笛や鉦や太鼓の、賑やかな祭囃しが聞えてきた。下谷御徒町の裏にいたときで、秋祭の始まった晩のことだった。
――あたし独りで死ぬのは怖いの、ねえ、おっ母さんもいっしょに死んで。
あのお囃しは備前さまのお屋敷の、こっちの角にある屋台でやっているのだ、と仕事をしながらおみきは思った。ここへ移って来てから五年とちょっとのあいだに、親子心中が三度もあった。今年の春あんなことがあってから、自分も娘といっしょに死んでしまおうと、幾たび考えたかわからない。あたしたち貧乏人は、どうしてすぐに死にたがるのだろう、生きているより死ぬほうが楽だと思うからだろうか。本当に、生きているよりも死ぬほうが楽なのだろうか、とおみきは思った。
――町をあるいていると、みんながあたしの顔を見るの、あれは人殺しの子だって、あそこへゆくのは人殺しの娘だよって、そういう眼つきでじろじろ見るの、あたしにはそれがはっきりわかるのよ。
表通りでは賑やかに、あんなに元気よく祭囃しをやっている。屋台の上の若者たちの、活気に溢れた顔が見えるようだ。そして、ちょっと裏へはいったここでは、悪い父親を持ったために、死のうと思いつめた娘がいる。珍らしいはなしではない、広い江戸の市中では、同じようなことが幾らも起こっているにちがいない。あたしも三十日ばかりまえなら、ことによるとおうめといっしょに死んだかもしれない。けれどもいまはもう死ぬ気はない、生きていられなくなったらわからないが、いまはもう死ぬのはいやだ、生きられる限り生きて、これまで苦労した分を取り戻すのだ、とおみきは思った。
――悪いことをしたのは、あんたでもおっ母さんでもないでしょ、とおみきは娘に云った。自分がしもしないことで、世間の眼なんかに恐れることはないじゃないの。
――おっ母さんはあの人たちの眼つきを知らないからよ。