TRENDIA CLASSIC

水戸梅譜

山本周五郎

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寛文五年の秋のある日、徳川光圀の水戸の館へ、貧しげなひとりの浪人ものが、仕官をたのむためにおとずれた。衣服も袴もつぎはぎのあたった木綿ものであったが、よく洗って折目がついていた、としは三十二三であろうか、頬のあたりに辛労のかげがみえるけれど、まぎれのない眉つきがひと眼をひいた、月代もきれいに剃っていた、執事の鈴木主税がかれに会った。

「旧主の名は申上げかねます」かれは作法ただしく云った、「わたくしはもと奥州のさる藩につかえておりました五百旗五郎兵衛と申す者でございます、さきごろ主家が御改易となり、わたくしもただいまは浪々の身の上でございます、それにつきまして、わたくしは御当家こそさむらいの御奉公つかまつるべき御家と、かねて心におたのみ申しておりましたので、かないまするなら御家中のお末になりとお召抱えねがいたいと存じ、ぶしつけながら押してお願いにまかり出たしだいでございます」御前までよろしく御披露をたのむと云って、かれは膝へ手を置いたまま低頭した。主税はなかばうわのそらで聴いていた。光圀が水戸家をついだのは寛文元年のことであるが、若いじぶんからそのすぐれた風格は世に知れわたっていたので、いよいよ水戸二代の宰相をついだとなると、風を慕って随身をたのむさむらいたちがひきもきらず、その応接のいとまにくるしむありさまであった。ただそればかりならよいが、なかには仕官をたのむのは口実で、本当はいくばくかの合力にあずかろうという浪人ものもいた。近頃ではむしろそういう者のほうが多いくらいだったので、筋のわからぬ者はたいてい些少の銀を与えてかえすことになっていた。

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