TRENDIA CLASSIC

明暗嫁問答

山本周五郎

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養子

備後のくに福山藩、阿部伊予守十万石の国家老に高滝勘太夫という老人がいた。食禄は千石、年はその時五十歳で、六年ほどまえに妻に先立たれて以来、屋敷には女の召使をひとりも置かず、男ばかりの殺風景な暮しをしている。

不幸なことに実子がなく、江戸詰めで勘定奉行を勤めている弟の高滝源左衛門に、直二郎という二男がある。それを養子分にしてひきとり、近々うち跡目を譲るはこびになっていた。

はじめ養子のはなしが出たとき、源左衛門から、「直二郎は思わしくないから三男の松之丞にして貰いたい」と云って来た。云いかたがどうも奥歯に物の挾まったようなぐあいなので、人を介してようすをさぐると、直二郎は男ぶりもよし武芸も学問もすぐれている上に、誰にも好かれる人がらで、家中の人気をひとりで背負っている。直二郎のいるところでは決して荒い言葉の出たためしがないし、いつも和気靄々と[#「和気靄々と」はママ]笑いごえが絶えない。眼から鼻へぬけるような利巧な性質だが、お先ばしりをせず、なにかあるとすぐ縁の下の力持をひきうける。そういうわけで、「思わしくない」どころか、またとない養子だということがわかった。

勘太夫はさっそく、「こっちは、直二郎にきめてある、すぐに直二郎を、こっちへよこせ、直二郎のほかには、松も杉もいらん」直二郎、直二郎と、直二郎を二十遍も書いた手紙を送った。

源左衛門からは折返し返事があった。「こうなったら正直に云うが、実は直二郎は惜しくて手放す気になれない、親にとってどの子が可愛いということはないが、あれだけは格別である、直二郎がいるためにいつも家の中が明るく、不快な事があってもあれの顔を見ると気が晴れてくる、こううちあけて頼むからどうか三男の松之丞にして貰いたい、兄上は盆栽がお好きだから松之丞は名前だけでも似合いだと思う」こういうことが書いてあった。

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