めおと蝶
本文約23,800字 ・ 読了時間 約48分
あらすじ(AIが作成しました)
結婚を嫌う文代は、冷え切った夫婦生活を送る姉の信乃に不満をぶつける。ある日、牢に入れられた知人・知也が信乃の屋敷へ逃げ込んでくる。夫の良平は追放刑に処され、信乃は離別を受け入れず自ら良平に同行を願い出る。拒絶と葛藤を越え、ようやく互いの心情を通わせた夫婦が、菜の花畑の道を二人連れで歩み始める姿を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「ただいやだなんて、そんな子供のようなことを云ってどうなさるの、あなた来年はもう二十一になるのでしょう」
「幾つでもようございますわ、いやなものはいやなんですもの」
こう云って文代はすました顔で菓子を摘んだ。小さい頃から、「あたしのお鼻はてんじょうを向いているのよ」と自慢していた鼻が、そんなふうにすますと正しく反ってみえ、子供っぽい愛嬌が出るので面白い。信乃はつい笑いそうになりながら、茶を注いでやった。
「いったいその武井という方のどこがお気にいらないの、御家族も少ないというし、御身分のつりあいもいいし、申し分はなさそうじゃないの」
「ですから申上げたでしょう、その方には不足はないんですのよ、ただいやなんです、本当はわたくし結婚するということがいやなんです」
「まだそんな詰らないことを云って、だってあなた、女はどうしたって、いつかは家を出なければならないものなのよ」
「ええわかっていますわ、でも結婚しなくってもお家を出ることはできるでしょう、尼さんになってもいいし、なにか芸事を教えて独りで暮してもいいし……わたくしだってそのくらいのことは考えていますわ」
文代の言葉つきにはいつもとは違って、なにか思いつめたような響きがあった。信乃はちょっと驚いて妹の顔を見た。
「あなたそれはまじめに仰しゃってるの、文代さん」
「まじめですとも、わたくしもうずっとまえからそう思っていたんです」
子供っぽくすましていた文代の顔が、そのとき紐を緊めるように硬くなった。
「藤田の弓江さまはもう二人もお子があるし、ほかのお友達もたいてい婿を取ったりお嫁にいっていますわ、その方たちのお暮しぶりをみていて、わたくしつくづく結婚というものがいやになったんですの、……もっと直接にいえばお姉さまよ、お姉さまだってこの上村へいらしって五年になり、甲之助さんというお子もあって、よそ眼には平穏無事にみえるかもしれないけれど、決しておしあわせでないということは文代にはよくわかっていますわ」
「まあ、あなたなにを云うの」信乃はびっくりして遮った、「――そんな乱暴なことを云いだしたりして、もし人に聞かれでもしたらどうなるの」