雪と泥
本文約19,900字 ・ 読了時間 約40分
あらすじ(AIが作成しました)
柳橋の平右衛門町にある稽古所の女たちとおしのは、素人を装い男性を騙す詐欺を画策する。おしのは持ち前の美貌と知恵を使い、純情な性格のお侍である折之助を籠絡する。折之助は金銭を渡すなどおしのに傾倒するが、次第に事態は予想外の展開を見せる。本作は、冷徹に獲物を狙う女性と、翻弄される男性の姿を背景に、虚実が入り混じる男女の情と騙し合いの人間模様を描く物語である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
「好い男っていうんじゃあないんだ、うん、おとなしくって気の弱そうな性分が、そのまま顔に出てるって感じさ、まだ若いんだ」
「もういいかげんにおよしよ、おまえさん、それは罪だよ」おつねが頸筋へ白粉をぬりながら云った、「それに世間にゃそうそう鴨ばかりいるもんじゃないからね、いまにひどいめにあうよ」
「黙っててよおつね姐さん」ちよのが舌ったるい口ぶりで云った、「それで、ねえそれでどうしたの、おしの姐さん」
「たち昏みのまねをしてみせただけさ」
「どんなふうに……」
「ちょうど伝法院の門のところだったね、お勝ちゃんといっしょにうしろから追いぬいていって、ちょっと立停って、それからふらふらっとお勝ちゃんのほうへ倒れかかったのさ」
「それでたち昏みのように見えるの」
「こつがあるんだ」とおしのは帯をたたみながら云った、「腰の力をぬいて、片っぽの膝をこう、がくっとさせるのさ」
「さんざ精をだしたあとで始末をしに立つときみたいにかい」寐ころんでいるげれ松が云った、「ふん、久しくそんなおもいをしたことがないや、たまには始末をしに立つこともできなくなるほど精をだす相手に逢ってみたいね」
「お願いだから黙っててよ」ちよのは躯を捻りながら云った、「あたしおしの姐さんの話を聞きたいのよ、聞きたくってしようがないんだから、ごしょうだから邪魔しないでよ」
「聞いて真似でもしようってのかい」げれ松は小指の爪で歯をせせった、「ふん、そんな柄じゃないよおまえは、そういうことのできるのは、おしのさんのような縹緻と、おしのさんのように眼から鼻へぬける知恵がなくっちゃだめさ、おまえなんぞはそれより銭箱でも磨いて、ようくそこらを抜き揃えて、――」
自分の綽名を証明するかのように、げれ松は思いきりあくどい表現で、ずけずけと露骨なことをまくしたてた。