陽気な客
本文約23,000字 ・ 読了時間 約46分
あらすじ(AIが作成しました)
かつて演劇界で才能を謳われながら零落した仲井天青の軌跡を描く。語り手は、須磨で消息を絶っていた天青と神戸のいかがわしい雑誌社で再会する。天青は文学への野心を語り、かつての仲間を懐かしみながらも、日々の窮乏や家族への愛と罪悪感に苛まれていた。やがて彼自身の才能と現実との落差が露呈し、二人は決定的な別れを迎える。のちに天青の訃報を知った語り手は、自身の人生と芸術のあり方に思いを馳せながら、再び日常の営みへと戻る。
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一
――仲井天青が死んだのを知ってるかい。知らないって、あの呑ん兵衛の仲井天青だぜ、きみが知らない筈はないんだがなあ。
七日七夜 酒を飲まず
アポロンの奏でる琴を聞かず
肉を啖わず ニムフを抱かぬ
(天青よおまえの顔は)
おちぶれたバッカスのようだ
この端歌を作ったのはきみじゃなかったかね、おれはそうとばかり思ってたがね。
――なんだ、こんどはかすとりか、麦酒は一本きりか。ちえっ、わりときみもたいしたことはないんだな周五郎、きみなんぞ景気がいいと思ってたんだが。……平均して月にどのくらいになるかね、五千くらいかね。……ふうん、いや、そうだろうな、そのくらいのもんだろうな。……うん、いいよ飲むよ。
――ところで酔っちまわないうちに話すんだが、十八枚ばかしの短い小説の種はないかね、ライトモチイブの娯楽性のある筋が欲しいんだ、ある雑誌から頼まれたんだが、娯楽性のある小説なんておれには書けやしない。……おれはそんなものを書くために苦労してきやしないんだ。けれどもその雑誌社にはちょいとした義理みたいなものがあって、そこにはまたわけもあるんだが。……実はそれに金も多少は要るには要るのさ。と云ってみたところで些細なものなんでね、そのためにおれが娯楽ものを持って廻る理由はない。
――きみとはそこは立場が違うんだ。
――おれとしてはそこまでは品性を下げたくはないんだ。……うん注いでくれ。
――どうやら少しばかり人間らしくなってきたね、久しぶりだもんだから胃袋のやつ吃驚してるんだろう。それほどにはしけてるというわけもないんだがね、このところ腎臓が悪いような具合だったのさ。女房のやつが再来月また子を産むし、先月は先月でいちばん上の娘が入院しちゃってね、そんなごたいそうなものでもなかったんだが。……おれたち自由主義時代に育った人間は子供にあまくってだめだ。……きみ、病院なんていってもこの節はきみどうして馬鹿にはならない。
――本当に知らないかね仲井天青を。そうかなあそんな筈はないと思うんだがなあ。……本当に知らないとすればきみは不幸だ。仲井天青、……おれは涙が出てくる。