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TORENDIA

日本婦道記

本文約13,800字 ・ 読了時間 約28分

あらすじ(AIが作成しました)

徳川家康が長篠の戦いに赴く浜松城にて、兵の家族である女たちが夫や兄弟を戦場に送る日々を送っていた。孤児として育ったあきつは、吉村大三郎との縁談を母に告げられる。大三郎の戦死を知ったあきつは、亡き父の遺言を胸に、彼の母に仕え吉村家の嫁として生きることを誓う。本作は、戦国時代を背景に、武家の娘として懸命に生きる女性たちのひたむきな心情と、喪失の中にある絆を描く短編小説である。

山本周五郎

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一

「あたしの主人はこんど酒井さまのお馬脇に出世したそうですよ」

厚い大きな唇がすばらしく早く動いて、調子の狂った楽器のような、ひどく嗄れた声が止めどもなく迸しり出た。

「……お馬脇といえば武士なら本陣の旗もとですからね、足軽としてはこれより名誉なことはありませんよ、なにしろ酒井さまから直にお声をかけて頂けるんですから、その刀を取れとか沓を持てとか、そういったようにね、それからまた銃隊をさがらせろ、なんという命令を伝えにもゆきます、そういうときは酒井さまのお口まねだから、銃隊のお旗がしらに向っても銃隊さがれとどなりつけるんですよ、――銃隊さがれ、ふだんならそんな口を利けばそれこそお咎めものでしょう、けれどもお口まねなんだから誰もなんとも云うわけにはいかないんですとさ」

「だってそういう軍令はお使番という役があって、お側の武士がつとめるのだと聞いていますよ」これもなかなか負けていない気質らしい、前の女を凌ぐ舌鋒でやりこめにかかった、「黒地四半の布に『使』と書いた指物を持つのが徳川さまお旗もとの使番のきまりです、そのほかの者がどうしたって軍令を伝えることはできません、それはもうたしかなことですよ」

「それは御本陣のことでしょう」さきの女は平然とやり返した、「……御本陣はそのとおりですよ、それはわたしも知っていますさ、けれどもお旗下の大将がたの陣にはお使番なんかありません。そんな役があるものですか、大将がみんなでそんなことをしたら、戦場がお使番だらけでごちゃごちゃになってしまうじゃありませんか、そんなことは決してありませんよ」

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