日本婦道記
本文約8,200字 ・ 読了時間 約17分
あらすじ(AIが作成しました)
加賀藩の武家・多賀家に嫁いだ加代は、姑のかな女の助言に従い、鼓や茶の湯、和歌といった芸事に取り組んできた。しかし、高い技量に達するたびに新たな稽古を求められる状況に加代は苦悩する。ある日、かな女は加代に対し、武家の妻が身命を賭して家政を支え良人に仕えることの重要性を説き、芸事に没頭することで心に隙が生じる戒めを伝える。加代は自らの心を見つめ直し、姑との深い対話を経て武家の妻としての覚悟を新たにする。
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一
「どうかしたのか、顔色がすこしわるいように思うが」
直輝の気づかわしげなまなざしに加代はそっと頬をおさえながら微笑した。
「お眼ざわりになって申しわけがございません、昨夜とうとう夜を明かしてしまったものでございますから」
「どうして、なにかあったのか」
「……はあ」
加代は腫れぼったい眼もとで恥ずかしそうにちらりと良人を見あげた。病身というほどではないにしても、骨ぼその手弱やかなからだつきで、濃すぎるほどの眉にも臙脂をさしたような朱い唇もとにも、どこかしらん脆い美しさが感じられる、直輝は妻の眼もとを見て頷いた。
「そうか、歌か」
「はい、寒夜の梅という題をいただいているのですけれど、どう詠みましても古歌に似てしまいますので」
「一首もなしか」
「明けがたになりましてようやく」
「それはみたいな」
直輝は袴の紐を、きゅっとしめながら云った。支度がすんで居間へもどると、茶を点てて来た加代は、羞をふくみながら一枚の短冊をそっとさし出した。
「おはずかしいものでございます」
直輝は手にとって、くりかえしくちずさんでいたが、やがてしずかに天目をとりあげて妻を見た。
「一昨日であったが、横山が妻女のはなしだといって、お前にはもう間もなく允可がさがるだろうと申していたが、そのようなはなしがあるのか」
「はい、ついせんじつそういうご内談はございました、ですけれどまだわたくしは未熟者でございますから」
つつましく眼は伏せたけれど、そっと微笑する唇もとには確信の色があった。
「允可がさがったら歌会でも催すかな」
そう云って直輝は立った。隠居所へゆくと母のかな女は古い小切を集めてなにかはぎ縫いをしていた。
「母上ただいま登城をつかまつります」
「ご苦労でございます」
かな女はめがねをとり、会釈をかえしてから見送るために座を立った。
家扶、家士たちと共に、直輝を玄関に見送ったかな女は、嫁と廊下をもどりながらその顔色のすぐれないことに眼をとめた。加代は良人に問われたよりも心ぐるしそうに、
「つい夜更かしをいたしまして」
と低いこえで答えた。