TRENDIA CLASSIC

日本婦道記

山本周五郎

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「ちょうど豆腐をかためるようにです」

良人の声でそう云うのが聞えた。

「豆を碾いてながしただけでは、ただどろどろした渾沌たる豆汁です、つかみようがありません、しかしそこへにがりをおとすと豆腐になる精分だけが寄り集まる、はっきりとかたちをつくるのです、豆腐になるべき物とそうでない物とがはっきり別れるのです」

「ではどうしてもにがりは必要なのだな」

それはお邸の与市さまの声だった。

「そうです、でなければ豆腐というかたちは出来あがりません」

良人も与市さまもひどくまじめくさった調子だった。菊枝はその部分だけ聞いたのだが、なんのために豆腐のかため方などを話しあっているのかわからず、「男の方たちはときによると子供のようなことに興がるものだ」とよく云われているのを思いだし、つい可笑しくなって独りでそっと笑っていた。それで良人の呼んでいるこえに気づかず、三度めのはげしい高声でおどろいて座を立った。

「茶を代えぬか、なにをしているんだ」

三郎兵衛はいきなりどなりつけた、棘々しい刺すような調子だった、そしてまるで人が違ったような意地の悪い眼だった、菊枝はあまりの思いがけなさにかっと頭へ血がのぼり、おそろしさで危うくそこへ竦んでしまうところだった。

それが最初のことだった、嫁して百五十日あまり、口数の少ない、しずかなひとだと信じていた良人なのに、それから眼にみえて変りだした。言葉つきは切り口上になり、態度は冷たくよそよそしいものになった、どんな小さな過失もみのがさず棘のある調子で叱りつけた、そして姑までがしばしば、

「もう少し気をはたらかせないといけませんね、こんな小人数の家でそれでは困りますよ、もっとしっかりしなければね」

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