日本婦道記
本文約10,700字 ・ 読了時間 約22分
あらすじ(AIが作成しました)
米沢の武家に嫁いだ菊枝は、良人である三郎兵衛の不可解な変貌と離縁に直面し、実家へ戻る。しかし、病身の姑を見捨てられず、素性を隠して奉公人として再会し、献身的な世話を続ける。五年後、良人が病にあるとの報せを受け、姑から告げられたのは、離縁の真実と夫の帰参の兆しであった。本作は、武家社会の過酷な情勢に翻弄されながらも、ひたむきに生きる一人の女性の気高き愛と節操を静かに描く。
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一
「ちょうど豆腐をかためるようにです」
良人の声でそう云うのが聞えた。
「豆を碾いてながしただけでは、ただどろどろした渾沌たる豆汁です、つかみようがありません、しかしそこへにがりをおとすと豆腐になる精分だけが寄り集まる、はっきりとかたちをつくるのです、豆腐になるべき物とそうでない物とがはっきり別れるのです」
「ではどうしてもにがりは必要なのだな」
それはお邸の与市さまの声だった。
「そうです、でなければ豆腐というかたちは出来あがりません」
良人も与市さまもひどくまじめくさった調子だった。菊枝はその部分だけ聞いたのだが、なんのために豆腐のかため方などを話しあっているのかわからず、「男の方たちはときによると子供のようなことに興がるものだ」とよく云われているのを思いだし、つい可笑しくなって独りでそっと笑っていた。それで良人の呼んでいるこえに気づかず、三度めのはげしい高声でおどろいて座を立った。
「茶を代えぬか、なにをしているんだ」
三郎兵衛はいきなりどなりつけた、棘々しい刺すような調子だった、そしてまるで人が違ったような意地の悪い眼だった、菊枝はあまりの思いがけなさにかっと頭へ血がのぼり、おそろしさで危うくそこへ竦んでしまうところだった。
それが最初のことだった、嫁して百五十日あまり、口数の少ない、しずかなひとだと信じていた良人なのに、それから眼にみえて変りだした。言葉つきは切り口上になり、態度は冷たくよそよそしいものになった、どんな小さな過失もみのがさず棘のある調子で叱りつけた、そして姑までがしばしば、
「もう少し気をはたらかせないといけませんね、こんな小人数の家でそれでは困りますよ、もっとしっかりしなければね」