一
俗に「伊豆さま裏」と呼ばれるその一帯の土地は、松平伊豆守の広い中屋敷と、寛永寺の塔頭に挾まれて、ほぼ南北に長く延びていた。表通りには僅かばかりの商店と、花やあか桶を並べた寺茶屋があるほかは、商家のつつましい隠宅とか、囲い者、かよい番頭などの、静かなしもたやが多く、だが、五筋ある路地へはいると、どの路地も左右の棟割り長屋が軒を接していて、馴れない者にはうっかり通ることができないほど、いつもうす暗く、狭く、そしてとびまわる子供たちでごたごたしていた。戸数は全部で四十七あるが、すっかり毀れて人の住めないところが十二戸もあり、そのほかにも借り手のない空き店が七戸か八戸あるので、実際の住人は二十七か八家族、合わせて百五十人から百七八十人を前後していた。
保本登が、去定の供でその長屋へいったのは、「鶯ばか」と呼ばれる男を診察したときのことであった。九月中旬の風の強い日で、五カ所を回診したあとだから、もう日は昏れかかってい、路地の中は煮炊きの煙でいっぱいだった。むろん、去定はもう馴染なのだろう、尊敬をこめた挨拶や、親しげに呼びかける声が、強い風に煽られる炊事の煙の中で、右から左からと、殆んど絶えまなしに聞えた。いちどなどは屋根の上から呼びかけたので、案内に立っていた差配の卯兵衛が叱りつけた。
「そんなところからなんだ、弥助だな、このばか野郎」と卯兵衛はどなった、「屋根の上から先生に声をかけるという法があるか、馬方をしていたってそのくらいの礼儀は知っているだろう、おりて来い」
「屋根が飛んじまうがいいかい」
「屋根がどうしたと」
「この風だよ、うへえ」と屋根の上の男がどなり返した、「怒っちゃいけねえよ、差配さん、いまのうへえってのはおまえさんの名めえじゃあねえ、おそれいったときの合の手だからね、うへえ」
「ふざけるなこの野郎」
「あがって来てみな、わかるから」と屋根の上の男がどなった、「この屋根は半刻もめえからばきばきいってるんだ、おれがこうして重石になってるからいいようなもんの、おれがどいてみねえ、いっぺんにひん捲くられて飛んでっちまうから」