一
寛文十一年九月十二日。芝愛宕下にある金森飛騨守の邸では、朝から人の出入りも物々しく、足軽や小者たちまでが何か心配そうにひそひそとささやきかわしていた。――それは主君飛騨守頼宗が、前月のはじめに発病したまま、この二、三日殊に危篤の様子だったからである。
午さがりになると、麻布から御分家の金森頼母が駕籠で駆けつけて来た。玄関へ出迎えた家老の相良外記は、
「直ぐに御病間へ、――」
といって、あわただしく案内に立った。
本殿奥の病間には、重臣の藤田中書、河原三十郎、添上靭負、瀬越六兵衛、松村伊太夫の五名が詰めており、――頼宗の側にはお気に入りの中小姓高村数馬と、御右筆の鈴木伝右衛門が控えていた。
外記は頼母を導いて進み、
「麻布様お見舞いにございます」
といった。
頼宗は頷いたまま右筆の伝右衛門に、
「――書けたか」
「はっ、認め終わってございます」
「見せい」
右筆の差出す紙を、苦しげに読み下したが、やがてそれを巻納めると、
「これを密封致せ」
と命じた。
右筆の伝右衛門は即座にその書状を密封して差出す、頼宗はその封じ目へ朱印を捺してから、集まっている家臣の方へ向直った。
「余もこの度は本復覚束なしと思う、それについて家督相続の事を、ただ今これに遺言として認めさせた、――一同これに署名のうえ、違背せぬという血判を押せ」
「…………」
「伯父上の仰せながら」
頼母が面をあげていった。
「御遺言の次第を読み聞かせて頂けませぬか」
「ならぬ、ならぬ!」
頼宗はきっぱりとはねつけた。
「余が死んだら開封せい、それまでは何者たりとも見てはならぬ、――数馬、一同に血判させい」
「ははっ」
数馬は密封した御遺言書を受取って、家老相良外記はじめ列座の人々に、署名血判させて廻った。――それが済むと頼宗は、
「この遺言は、板倉内膳殿に預けて置く、余が死んだら内膳殿立会いのうえ開封するがよい、繰返して申すが何者たりとも違背する事は相成らんぞ、――数馬」
「ははっ」
「その方これを持って、直ぐ板倉殿へ参れ、注意して行けよ」
「承知仕りました」
数馬は辷るように御前を退った。