一
がちゃん!
「おや、またやっちゃった」
下女のお松が恨めしそうに、洗い桶の中から縁の欠けた茶碗を取出した。
「どうしてわたしはこう運が悪いのだろう、皿でも茶碗でもわたしが触りさえすれば欠けてしまう。今朝からもう五ツも壊しちゃった。とてもこれでは凌ぎがつかない」
溜息をついていると、
「お松さんまた出来たね」
と水口からのぞいた者がある。
色白の眉の濃い、口許のしまった立派な人品だが、どこかに間の抜けたところがあるのと、いつもえへら笑いをしているのとで、「半化け又平」と呼ばれている下郎又平であった。半分だけ人間に化け損ったという意味の綽名である。
「ああびっくりした」
お松は眼をむいて、
「気味が悪いよ又平さんは、わたしが茶碗を欠きさえすればきっと嗅ぎつけてやって来るんだね。本当に妙な鼻だよ」
「鼻じゃない耳さ、えっへへへへ」
又平はだらしのない声で笑った。
「武士は轡の音で眼を覚まし、又平は茶碗の欠ける音で駆けつけるってな、諺にもあるだろう」
「そんな話は聞いたこともないよ」
「ところで今度は何だね」
「この茶碗さ」
「えっへへへ有難え、貰っておくぜ」
又平は欠け茶碗を押し戴いた。
「変だよ、全く変だよ又平さんは。いったいそんなに欠け皿や欠け茶碗を持って行って何にするのさ」
「これがおいらの道楽さ。欠けっ振りのいい皿や茶碗を集めて、じっとこう眺めている気持は何とも言えねえ味なんだ。どうかこれからもせっせと欠いておくんなさい」
「馬鹿におしでないよ」
お松はぷんぷん怒っている。又平は愛想笑いをしながら立去った、――この有様をさっきから、厨の前を通りかかったこの家の娘椙江が見ていた。そして又平の足音が遠のくと、そっと入って来て、
「お松――」
と声をかけた。
「あ、まあお嬢さま」
「そんなに驚かなくてもいいわ。いまおまえ又平と欠け茶碗がどうかしたとか話していたようだけれど、あれは何のことなの?」
「はいお嬢さま、あの又平はずいぶんおかしな人で、わたしが粗相をして欠いたお皿やお茶碗を集めているのでございます」
「何にするんですって……?」