一
「やあ! えいッ!」
かけ声だけは勇ましいけれど、腰がきまっていないので槍先はふらふらだった。勢い込んで突っかけたのが桶側胴をつるりと滑って、
「――あっ」
というとそのままつんのめって行って、生垣の中へ頭から半身を突っこんでしまった。
金之助はもう少しでふきだしそうになったが、亀の子のように手足をばたばたさせてもがいている慶太郎のすがたを見ると、そのまま放ってもおけないので後ろから行って引出してやった。慶太郎はぺっぺっと唾をしながら、真っ赤になって呶鳴りたてた。
「馬鹿、間抜け、貴様はおれをわざとつきころばしたんだろう」
「とんでもないことです、私は若様のおっしゃる通りちゃんと動かずに立っていました」
「嘘だ嘘だ、おれが突っかけた時貴様は体をひねったじゃないか。でなくっておれがころぶわけがないじゃないか。貴様は始めからおれを突っころばすつもりでいたんだ」
「私はそんな卑怯なことはいたしません」
「なにッ、卑怯だと!」
怒りだすと言葉の区別もつかなくなる若様である。いきなり拳を振上げて金之助の頬をなぐりつけた、――さすがに金之助も顔色を変えたが、こんな時に少しでもさからったり、拳を避けでもしたらなおさらひどいことになるのを知っていたから、じっと歯をくいしばって我慢していた。
力まかせに四つ五つなぐった時、
「慶太郎、何をいたす!」
大声にいいながら与右衛門が近寄って来た。
榊原与右衛門はこの三河国嵩山城で、「一本榊」と異名を取った旗頭である。智勇兼備の武士で、城代松平兵部の右腕といわれる人だった。慶太郎はその一人息子で、これはまたひどくわがままな乱暴者である。そしていつもそのわがままのお相手をするのが金之助であった。――金之助は与右衛門の郎党の子で、慶太郎と同じ年の十五歳であるが、数年前に父が死んでから、病身の母をまもって孝養怠らぬおとなしい性質の少年だった。
おとなしいからよけいにわがままのお相手を申しつけられるのであろう、今も槍の稽古をするからというので、具足を着せられて庭隅へ立たせられ、慶太郎の槍の稽古台になっていたのだ。
「なぜ人をなぐったりする」
与右衛門は近寄って来て叱りつけた。