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TORENDIA

峠の手毬唄

本文約11,600字 ・ 読了時間 約24分

あらすじ(AIが作成しました)

出羽国のやぐら峠で茶店を営む伝堂久右衛門と娘のおゆきは、五年前に失踪した跡取り息子・甲太郎の帰りを待ちわびている。ある日、おゆきは追手に追われる男から預かり物を託され、新庄藩の家臣団による執拗な追及を受ける。機転を利かせて窮地を脱したおゆきは、偶然にも甲太郎の親友と名乗る人物から、兄が尊王志士として京で活躍しているという報せを受ける。霧が晴れる峠で、おゆきは兄の無事を確信し、父と共に希望を抱いて生きていく姿を描く。

山本周五郎

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一の一

やぐら峠は七曲り

谷間七つは底知れず

峰の茶屋まで霧がまく……。

うっとりするような美しい声がどこからかきこえてくる。

夜はとうにあけているが、両方から切立った峰のせまっているこの山峡は、まだかすかに朝の光が動きはじめたばかりで、底知れぬ谷間から湧きあがる乳色の濃い霧は、断崖の肌を濡らし、たかい檜の葉や落葉松の小枝に珠をつらね、渦巻き、ただよいつつ峠路の上まではいのぼっては流れて行く……。ここは出羽の国最上の郡から、牡鹿の郡へぬける裏山道のうち、もっとも嶮しいといわれるやぐら峠である。酢川岳の山々が北に走っていくつかにわかれ、その谿谷が深く切込んだところに雄物川の上流が白い飛沫をあげている。峠道はその谿流にそって、断崖の上を曲り曲り南北に走っているのだ。

お馬が七疋駕籠七丁

あれは姫さまお国入り

七峰のこらず晴れました……。

霧の中を唄声が近づいて来たと思うと、やがて院内のほうから、旅人を乗せた馬の口を取って、十四、五になる馬子が登って来た、――五郎吉馬子と呼ばれて、この裏山道では名物のようにいわれている少年である。

「これこれ、馬子さん」

馬上の旅人は唄のくぎりをまって、

「いま唄ったのは新庄あたりの武家屋敷で手毬唄によく聞いたものだが、この辺では馬子唄に唄うのか」

と話しかけた。五郎吉ははしこそうな眼をふりむけながら、

「おっしゃるとおりこれは手毬唄ですよお客さん、峰の茶店のおゆきさんがいつも唄っているんで、おいらもいつか覚えてしまったんだよ」

「そうだろう、どうも馬子唄にしてはすこしへんだと思ったよ。――けれど、それにしてもこんな山奥の峠茶屋で、武家屋敷の手毬唄を聞くというのは、何かわけがありそうだな」

「そりゃあわけがあるさ」

五郎吉はひとつうなずいていった。

「その茶店のおゆきさんの家は、もと新庄の在で古くからある大きな郷士だったんだ。旦那は伝堂久右衛門といって、新庄のお殿さまから槍を頂戴したくらい威勢のある人だったよ」

「ほう、それがどうしてまた峠茶屋などへ出るようになったのだね」

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