初午試合討ち
本文約9,000字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の剣客道場門下生である仁木兵馬は、道場の跡継ぎを巡る争いの中で姿を消す。三年後、師である本山図書の不審な焼死と、娘の小浪との婚礼を進める兄弟弟子の松林甲子雄の動向を知った兵馬は、帰還して真相を探る。甲子雄が師を殺害した決定的な証拠となる鍔の存在を突き止めた兵馬は、ついに真実を暴き出し、師の仇を討つために門人たちの前で甲子雄と対峙する。
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一
「大変だあ大変だあ、頭いるか」
表からやみくもに跳込んできた安吉、お天気安という綽名のある若い者だ、――ちょうどいま上りっ端で、愛用の鳶口を磨いていたは組の火消し頭佐兵衛、
「ええ騒々しいや、頭アいるかって眼の前にいるおいらが見えねえのか」
「ほ、まったくそうだ」
「呆けてやがる、なにが大変だ」
「なにがって落着いてちゃあいけねえ、は組の若い者が全滅だ」
「この野郎、云うにこと欠いては組の若い者が全滅たあなんだ、貘がおとといの夢を吐きゃあしめえし、途轍もねえことをほざくと向う脛をかっ払うぞ」
「嘘じゃねえ、まったくの話だ」
お天気安は眼を白黒させながら、
「なにしろ頭、井杉灘屋で浪人者が暴れてたんだ、そこへ辰兄哥が通りかかったもんだから、よしゃいいのに例の調子で停めにはいった」
「なにを云いやがる、町内の紛擾に口をきくなあおれっちの役目の内だ、それでどうした」
「するてえと浪人者がはたして怒った」
「なにがはたしてだ」
「いきなり大刀を抜くてえと、真向から辰兄哥をばらりずんと斬り放した」
「――野郎」
というと佐兵衛も気が早い、いま磨いていた鳶口を持直すなり、ぱっと表へ跳び出した。――横丁を大通りへ出ると四辻の二、三軒手前に井杉灘屋という居酒店がある。その店先に黒山のような人集りがしていた。
「やあ退いた退いた、邪魔だ邪魔だ」
人混を掻分けて店へ踏みこむ、――血まみれの辰次がのたうちまわっているか、と気もそぞろに飛んできた、佐兵衛の眼前に展開したのは、なんと! 辰次はしゃっきりとして、あべこべに酔倒れている浪人者をせっせと介抱している。
「おう辰、おめえ無事だったか」
「こりゃあ頭いいところへきておくんなすった、蜆河岸の道場にいた仁木先生ですぜ」
「なんだと?」
「安吉をつれて風呂へいった帰りに、通りかかるとここで浪人者が暴れているんで、停めにへえってみたら、びっくりしましたぜ、三年めえに道場を出たまんま行衛の知れねえ仁木先生なんで」
「そいつぁあ仰天だ」
と佐兵衛が覗きこんだ、――尾羽うち枯らした装風俗、月代も髭もぼうぼうに伸びているが、まさしく仁木兵馬である。