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TORENDIA

月見草

本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

東京都練馬区の自宅の庭に咲く月見草や、夜の執筆中に集まる虫たち、縁の下に住むガマとの交流を綴る。池袋から私鉄でほど近い、武蔵野の面影が残る土地で、著者は夜な夜な原稿と向き合う。虫たちの行動に翻弄され、時に残酷な振る舞いをすることへの葛藤を抱えつつも、夜に鮮やかに花開く月見草から生きる活力を見出す。庭先に現れるガマの習性や、生き物との距離感を含めた日常の風景を静かな筆致で描いている。

山之口貘

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🎧 月見草 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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現在のところに住んで、まる六年になる。東京都練馬区なのであるが、山手線の池袋駅からは、私鉄で十五分くらいのところで、まだまだたんぼや畑など私鉄の窓からもながめられて、いわゆる武蔵野を感じないではいられないのだ。

ぼくの住んでいる家のすぐ前には、舗装道路がはっていて、石神井、新橋間のバスやその他の自動車が昼夜走っている。その道路を左へ百メートルほども行くと左右がたんぼになって、人家がまばらで、むこうには八幡さまの森が見え、そのずっとむこうに秩父方面の山脈がながめられるのだ。

今年も、また、例によって、庭には月見草が咲き出した。この家に、ぼくの一家が来たころは、まだ家主さんの家庭菜園なのであったが、まもなくもとの庭になって、月見草も今年で五回目の花を咲くわけである。

ぼくは、生活上のいろいろの事情で、原稿を書くのは夜なのだが、夏になると、机の前のガラス戸をあけて仕事にかかる。すると、スタンドのまわりに、様々の虫が寄ってくるのだ。蚊はもちろんのこと、カブトムシだのカナブンだの、ガだのアシナガだの、それにクモまでが原稿紙をのぞきに寄ってくるのである。これらの虫達はなにも、ぼくの仕事を邪魔するつもりで生きているのではなかろうが、ぼくにしてみれば腹の立つことで、残念ながら、愛情をもって虫達を迎えることが出来ないのだ。それどころか、はなはだ残酷なことをしないでいられなくなったりして、むきになってしまって、虫達の生命をどれほど奪い去ったかも知れないのである。

しかしながら、月見草からは、いつもベンタツされて来た。前には月見草といえばセンチメンタルな花だとおもっていた。夕方になると、月見草はそのからだをふるわせながら、黄の花をひらくのだが、夜なかになっても、ぼくの仕事がはかどらず、四苦八苦の揚句、ペンをおいて一服しているときなど、ふと庭に眼をやると、月見草はまったく素晴らしいのだ。夜になって眼を覚して、さかんに生きているとでもいいたいながめで、ぼくなどもおなじ仲間みたいに親し味を感じ、勇気づけられるのである。

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