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TORENDIA

水中の怪人

本文約8,800字 ・ 読了時間 約18分

あらすじ(AIが作成しました)

帝都の随所に出現し、通行人や政治家を震撼させる「河童」の目撃談が世間を騒がせる。理学士の平林文吾は、鹿島水圧工業研究所の経営者一家と協力し、一連の事件の背後に潜む謎を追う。やがて事件と、かつて研究所を解雇された青年・津川が開発した特殊な潜水服の関連が浮上する。本作は、河童の正体と行方不明になった青年の捜索を通じて、水中兵器の設計図を巡る争奪戦と科学技術の光と影を描く。

山本周五郎

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人間か河童か? 海底を歩く怪物

いまどき河童がいるなどと云っても、おそらく本当と思う者はないだろう。

まだ河童というものが一ぱんに信じられ、絵にかかれたり、まことしやかな物語としてつたえられた時代にも、多少の知識をもった人々は、架空のことと笑ってかえりみなかったのである。――それが現代の、しかも帝都のまんなかに出現したのだから、世間の耳目をいかにおどろかしたかは想像のほかであった。

第一の事件は五月十二日におこった。

京橋越前堀の河岸に「島屋」という雑貨店がある。午後十時ごろのことで、若い店員が店をしめようとしていると、一人の客が店先に近よってきて、

「ちょっと君、缶詰をくれないか」と云った。

その日は朝からいい天気であったのに、見るとその男は、護謨びきの雨外套を着て、しかもそれがぐっしょり濡れている。おまけに長くのびた髪の毛が額のうえにたれさがり、そのあいだから、眼だけがぎらぎら光っていた。

気味の悪い男だなと店員は思った。

「缶詰はなにをさし上げますか」

「果物だ、早くしてくれ」

「果物と云ってもいろいろありますが……」

そう云うと、客はいきなり両手をあげて妙な身ぶりをした。それは空気をひっ掻くような、またなにか宙にあるものをひきるような、えたいの知れない身ぶりだったと云う。……そして呼吸でも詰るのかと思えるような、ひどくかすれた苦しい声で、

「なんでもいいから早く。桃でも、林檎でもなんでもいいんだ。早くしてくれ」

と荒々しく叫び、びっくりした店員が飾棚の方へ行きかけると、

「ああもう駄目だ。間にあわん」と叫んだまま、くるりと背を向けて走りだした。――店員があっけにとられて見送っていると、その男は道を横切って、河岸の荷揚場の方へ走ってゆく。

――あっ! 川へ落ちる。

と思った店員は、我知らず店をとび出していった。……そして驚くべきことを見た。

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