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TORENDIA

翳

本文約8,300字 ・ 読了時間 約17分

あらすじ(AIが作成しました)

魯迅の「孤独者」を読み、その作中に潜む暗い影に心惹かれた語り手は、身近な青年たちの姿と重ね合わせる。文学への抱負に溢れながらも時代に翻弄された岩井繁雄や、千葉の魚屋で働き、後に軍隊を経て満洲へ渡った川瀬成吉といった青年たち。彼らが過酷な環境の中で耐え忍び、やがて異郷で病に倒れ、帰郷して生涯を閉じるまでの軌跡を追う。語り手は、彼らの無念な境遇と戦争の影を通して、個人の尊厳が踏みにじられる時代への深い哀愁と連帯の思いを綴る。

原民喜

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私が魯迅の「孤独者」を読んだのは、一九三六年の夏のことであったが、あのなかの葬いの場面が不思議に心を離れなかった。不思議だといえば、あの本――岩波文庫の魯迅選集――に掲載してある作者の肖像が、まだ強く心に蟠るのであった。何ともいい知れぬ暗黒を予想さす年ではあったが、どこからともなく惻々として心に迫るものがあった。その夏がほぼ終ろうとする頃、残暑の火照りが漸く降りはじめた雨でかき消されてゆく、とある夜明け、私は茫とした状態で蚊帳のなかで目が覚めた。茫と目が覚めている私は、その時とらえどころのない、しかし、かなり烈しい自責を感じた。泳ぐような身振りで蚊帳の裾をくぐると、足許に匐っている薄暗い空気を手探りながら、向側に吊してある蚊帳の方へ、何か絶望的な、愬えごとをもって、私はふらふらと近づいて行った。すると、向側の蚊帳の中には、誰だか、はっきりしない人物が深い沈黙に鎖されたまま横わっている。その誰だか、はっきりしない黒い影は、夢が覚めてから後、私の老いた母親のように思えたり、魯迅の姿のように想えたりするのだった。この夢をみた翌日、私の郷里からハハキトクの電報が来た。それから魯迅の死を新聞で知ったのは恰度亡母の四十九忌の頃であった。

その頃から私はひどく意気銷沈して、落日の巷を行くの概があったし、ふと己の胸中に「孤独者」の嘲笑を見出すこともあったが、激変してゆく周囲のどこかに、もっと切実な「孤独者」が潜んでいはすまいかと、窃かに考えるようになった。私に最初「孤独者」の話をしかけたのは、岩井繁雄であった。もしかすると、彼もやはり「孤独者」であったのかもしれない。

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