竜と虎
本文約13,500字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
岡崎藩の作事奉行・灰島市郎兵衛と、加役の西郡至は、互いを認め合いながらも顔を合わせれば必ず口論となる犬猿の仲である。元禄十五年、矢矧川の堤防決壊に伴う復旧工事において、市郎兵衛は至を作事奉行の助手として引き抜く。二人が激しく対立する中、市郎兵衛の娘・幸枝は奔走しながらも、至に対して仄かな感情を抱く。本書は、臍が曲がっていると自認する老人と、その性分を真正面から受け止める若者が、衝突を繰り返しながらも互いの人生を分かち合う過程を描く。
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一
性が合わぬというのはふしぎなものである。西郡至は学問もよくでき、武芸も岡崎藩中で指を折られる一人だった、いえがらは三百石の書院番で、人品も眼に立つほうだし人づきあいも決して悪くない、寧ろどちらかと云えば寡黙で、謙虚で、愛想のよい方である。……灰島市郎兵衛にしても同様、五百石の作事奉行で、年齢はもう五十一歳、長男の伊織は近習番で役付きだし、娘の幸枝も十八歳の、もうそろそろ縁付く年頃になっている。少し頑固なところはあるが、親切な老人として若手のあいだには評判のいい人物であった。そういう風に、別々に離してみると二人ともごくよい人間なのだが、さて、……この二人がいちど顔を合せたとなるとまるでひと柄が違ってしまう、二人が同座するとたんに、必ずといってもよいほどなにかしら口論がもち上るのであった。
つまり性が合わぬというやつである。どちらがどうというのではなくしぜんに、と云うのは変だが、実のところ極めて自然に、何か彼にか口諍いが始るのだ。それでいて、蔭では二人とも相手を推称しているのだから、その関係はなんともふしぎなものであった。市郎兵衛はそれに就いて自ら、――是はつまり臍の問題だ、と云っていた。――臍には性格があって、曲ったのや歪んでいるのや、大きいのや小さいのや色々とある、臍には他人のそら似というものがない。由来人格というやつは陶冶して之を高めることも出来るが、臍は天然のものなので持って生れた性格は終生変ることがない、西郡至は人間としては頗る為す有るやつだが、臍が捻くれているから儂とはどうしても性が合わぬのだ。そう云うのであった。