讀書の態度
本文約1,500字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
婦人に適した読書とは何かという問いに対し、性別を基準とした書物の選別を疑問視する。料理や裁縫などの実用書を除けば、偉人の伝記や女性作家の著作であっても、女性だけに有益であるとは限らないと論じる。婦人もまず人間である以上、性別や世評に縛られず、他者の批判や権威を排して、自分自身の正直な感情で本を読むべきだと主張する。どのように本を読むかという姿勢を重要視し、自己の判断を信じて読書に取り組む態度を説く評論である。
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婦人に何ういふ書物を讀ませたらいゝかといふ事を話す前に、一體、婦人のみに讀ませるといふやうな書物があるかどうか、それを考へて見なければならない。
すると、先づ裁縫の本とか、料理の本とか、或は又育兒に關する本とかいふものがある。成る程これは、大抵の場合、婦人のみに用のある書物である。併し、婦人に何ういふ本を讀ませたらいゝかといふのは、料理とか裁縫とか育兒といふものよりも、もつと婦人の精神的要求を充たすべき書物を尋ねるのであらう。だから、この種の書物以外に、婦人向きの書物を考へて見る必要がある。
第二には、偉い婦人の傳記である。從來、婦人の讀物といへば、ジヤン・ダーク傳とか、ナイチンゲール傳とか、さういふものを推薦する人も少くない。併し、さういふ偉い婦人の傳記は、料理や裁縫と同じやうに、果たして婦人のみに役立つものであらうか、言ひ換へれば、その傳記の主人公が婦人だといふ事が、それ程讀者たる婦人の上に、重大な影響を持つであらうか。成る程婦人といふ限りでは、ジヤン・ダークも、ナイチンゲールも、良婦之友の愛讀者も、共通なのには違ひない。併し、性の上の共通といふ事が、果たして、思想や感情の共通といふ事よりも、重大な影響があるかどうか疑問である。僕は、ジヤン・ダークが如何に生きたかを知るよりも、少くとも現代の婦人にとつては、如何にトルストイが生きたかを知る方が、興味があるだらうと思ふ。
偉い婦人の傳記以外に、屡々婦人の讀物として推奬されるのは、婦人の書いた書物である。これも、偉い婦人の傳記の通り、著者も讀者も婦人だといふ事は、必ずしも、他の書物よりも推奬すべき理由にはなりさうもない。
つまり、料理とか裁縫とか、育兒とかといふ書物以外に――婦人が實生活の中に勤める役割に關した書物以外に、婦人にのみ用のある書物があるかどうかといふ事は疑問である。婦人も、婦人たるより先きに、人間なのだから、書物の選擇などに拘泥せず、何んな書物でも、よく讀んでみるがよい。又、實際、現代では、どんな書物でも、讀みつゝあるのだらうと思ふ。