本文へ移動
TORENDIA

妖婆

本文約37,400字 ・ 読了時間 約75分

あらすじ(AIが作成しました)

大正時代の東京を舞台に、合理的な文明の光の裏側に潜む不思議な現象を巡る物語。日本橋の出版書肆の若主人から、ある奇妙な体験談を聞かされた語り手は、夜の街に漂う精霊たちの存在を予感する。新蔵とお敏という二人の男女を軸に、怪しい老婆の影や超自然的な出来事が交錯する中、彼らの運命は目に見えない幽冥の力に翻弄されていく。現代の日常と紙一重の場所で起きる、薄気味悪くも美しい幻想的な事件の顛末を描く。

芥川龍之介

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 35

あなたは私の申し上げる事を御信じにならないかも知れません。いや、きっと嘘だと御思いなさるでしょう。昔なら知らず、これから私の申し上げる事は、大正の昭代にあった事なのです。しかも御同様住み慣れている、この東京にあった事なのです。外へ出れば電車や自働車が走っている。内へはいればしっきりなく電話のベルが鳴っている。新聞を見れば同盟罷工や婦人運動の報道が出ている。――そう云う今日、この大都会の一隅でポオやホフマンの小説にでもありそうな、気味の悪い事件が起ったと云う事は、いくら私が事実だと申した所で、御信じになれないのは御尤もです。が、その東京の町々の燈火が、幾百万あるにしても、日没と共に蔽いかかる夜をことごとく焼き払って、昼に返す訣には行きますまい。ちょうどそれと同じように、無線電信や飛行機がいかに自然を征服したと云っても、その自然の奥に潜んでいる神秘な世界の地図までも、引く事が出来たと云う次第ではありません。それならどうして、この文明の日光に照らされた東京にも、平常は夢の中にのみ跳梁する精霊たちの秘密な力が、時と場合とでアウエルバッハの窖のような不思議を現じないと云えましょう。時と場合どころではありません。私に云わせれば、あなたの御注意次第で、驚くべき超自然的な現象は、まるで夜咲く花のように、始終我々の周囲にも出没去来しているのです。

芥川龍之介の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本