
はじめに なぜ、60代こそAIなのか
「AIなんて、若い人のものでしょう?」
私はこれまで、この言葉を数えきれないほど聞いてきました。そのたびに思うのです。もったいない、と。もしあなたが今そう思っているなら、この本を読み終える頃には、その考えは大きく変わっているかもしれません。
多くの方と話す中で、私はある共通点に気づきました。それは「興味はあるけれど、難しそうだから手を出せない」という気持ちです。使ってみたくないわけではない。ただ、どこから触れればいいのか分からない。失敗して恥をかきたくない。そういう気持ちが、最初の一歩を止めているのです。
けれども、その不安は決して特別なものではありません。インターネットが家庭に広がり始めた頃も、まったく同じことが起きていました。携帯電話が出てきたときも、スマートフォンが登場したときも、多くの人が同じ言葉を口にしていたのです。「自分には関係ない」と。
「もう遅い」は、いちばん大きな誤解
振り返ってみてください。私たちは、驚くほど多くの技術の移り変わりを経験してきました。固定電話から携帯電話へ。折りたたみの携帯からスマートフォンへ。手紙からメールへ、そしてメッセージアプリへ。そのすべてを、実際に自分の生活の中で体験してきた世代なのです。
ここに、大切な意味があります。若い世代は、生まれたときからインターネットがある世界に育ちました。便利さは知っていても、その便利さが「なかった時代」を知りません。しかし60代の方は、両方を知っています。だからこそ、新しい技術が社会をどう変えていくのかを、知識ではなく実感として理解できるのです。
私はむしろ、この経験こそがAI時代における最大の武器になると考えています。
理由はとてもはっきりしています。AIは膨大な知識を持っていますが、人生経験は一つも持っていないからです。
失敗から学んだこと。仕事の現場で身につけた判断力。人間関係の難しさを何度もくぐり抜けてきた感覚。家族を守ってきたという責任感。こうしたものは、どれだけ大量の文章を学習しても手に入りません。それは、生きた時間の中でしか手に入らないものだからです。
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