
序章 あなたは「医療」を疑ったことがあるか
病気になった。あなたなら、どうするだろう。おそらく病院へ行く。医師の診察を受け、検査を受け、処方された薬を飲む。
なぜなら、私たちは幼い頃から教えられてきたからだ。医師は病気を治す人。病院は人を救う場所。薬は病気と闘うためのもの。それが、現代社会の「常識」である。
では、ここで一つだけ質問をしたい。その常識を、あなたは一度でも疑ったことがあるだろうか。
もちろん、医療が人類にもたらした功績を否定するつもりはない。麻酔によって激痛を伴う手術が可能になった。感染症に対する治療法が発達した。外科手術は飛躍的に進歩した。かつては死を意味した病気から、多くの人間が救われるようになった。医学の発展は、間違いなく人類の歴史を変えた。
だからこそ、私は問いたい。これほど巨大な力を持った「医療」というシステムに、影がないと言い切れるのか。
医療によって救われる人がいる。その一方で、医療行為によって傷つく人もいる。薬によって命を救われる人がいる。その一方で、薬によって深刻な健康被害を受ける人もいる。病気を早期発見する検査がある。その一方で、必要のなかった検査や治療によって人生を狂わせる人もいる。
そして、その被害を受けた人間が必ずしも「医療被害者」として認識されるとは限らない。ここに、医原病という問題が存在する。医療が原因となって発生する病気や健康被害。それは単なる「医療ミス」という一言では片付けられない。
個々の医師の問題なのか。病院という組織の問題なのか。製薬企業の問題なのか。行政の問題なのか。あるいは、それらすべてが複雑に絡み合った巨大なシステムの問題なのか。
そして、さらに踏み込む。もし、そのシステムの中に、「患者を救う」という目的とは別の利益が存在していたら? もし、巨大な製薬市場の中で、患者が「人間」であると同時に「市場」として扱われることがあるとしたら? もし、研究資金、特許、企業利益、政治、規制当局、医療機関が複雑につながっていたとしたら?











