H3 ―月の石油戦争―
TRENDIA

H3 ―月の石油戦争―

鹿島公胤

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第1章 月に眠る1京ドルの夢

地面の下から、地球の外へ

人類はこれまで、地面の下に眠るものを巡って幾度となく争ってきた。金、銀、石炭、石油、天然ガス、そしてレアアース。地下資源を手にした国家は繁栄し、持たざる国家は依存を余儀なくされた。二十世紀の戦争史を振り返れば、その多くの背景に資源の存在が透けて見える。文明は理想で動くこともあるが、現実にはエネルギーで動いてきた。そして二十一世紀、人類はついに地球の外にまでその欲望の手を伸ばし始めている。

その対象は、月だ。

夜空に静かに浮かぶ白い天体。古来より詩人に愛され、恋人たちに見上げられ、神話の舞台にもなってきた月。しかし科学者と戦略家の目には、月はもはやロマンの象徴ではない。そこには、未来のエネルギー覇権を左右するかもしれない“ある資源”が眠っていると考えられている。その名は、ヘリウム3(Helium-3)。

一般の人にとっては聞き慣れない名前だろう。ヘリウムと聞けば、風船を浮かせる軽いガスを思い浮かべるかもしれない。しかしヘリウム3は、それとは少し事情が違う。通常のヘリウムは陽子二つ、中性子二つを持つ「ヘリウム4」がほとんどだが、ヘリウム3は中性子が一つ少ない特殊な同位体である。地球上にはごくわずかしか存在しない希少物質だ。

月は目的地ではなく、最初の港である

月がこれほど注目される理由は、単純に「地球に近いから」だけではない。だが、その近さが出発点になっていることもまた事実である。地球から見れば、月は約38万キロメートルしか離れていない。宇宙という途方もない広さを考えれば、これはほとんど隣町のような距離だ。

もちろん、実際にはそんなに簡単ではない。38万キロという距離を移動するだけでも、巨大なロケットが必要になる。さらに月には大気がほとんどなく、温度差も激しく、放射線や微小隕石の問題もある。人間が地球で普通に使っている機械を、そのまま月へ持っていけば動くという世界ではない。それでも月は、火星や小惑星と比べれば圧倒的に近い。そして、この「近さ」こそが決定的な意味を持つ。

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