
プロローグ:静かな幸福
灰色の光が、街を平らに塗りつぶしていた。
東京という名の巨大な器は、崩れない。ただ、静かに衰退している。
『今日も平和です。全て順調です。』
その声は街中のスピーカーから、そして人々の脳内から同時に響いていた。
神城朔は耳の後ろの傷跡をなぞる。IMPLANT-5Gの痕跡。
——あれは幸福ではない。鎖だ。
第1章:灰色の朝
灰色の朝が、ゆっくりと都市を覆い始めていた。
夜明けというにはあまりにも鈍く、朝というにはあまりにも静かな光だった。太陽は確かに昇っているはずなのに、空はどこか曇膜に包まれたように平坦で、遠くの高層ビル群は輪郭だけを残して沈黙している。風はある。しかしそれは街路樹を揺らすための風ではなく、ただ空間を移動しているだけの、意味のない流れだった。
再生紀元十二年。
国家は壊れていない。
だが、確実に変質した。
東京は崩壊していない。
それどころか、整然としている。道路は補修され、電車は遅延せず、物流も滞りなく回っている。商業施設は営業し、病院も機能している。犯罪発生率は過去最低を更新し続け、暴動もテロも記録上は消滅した。
それなのに。
この街には、決定的に何かが足りない。
神城朔は、かつて商店だった建物の軒下に腰を下ろし、遠くを見ていた。彼の視線は、動くものを追っているのではない。動きの“均一さ”を見ているのだ。
通勤者たちが、一定の歩幅で歩いている。
信号待ちの人々が、同じ姿勢で立っている。
ぶつかりそうになった二人が、同じ角度で会釈を交わす。
怒鳴り声はない。
苛立ちもない。
不安げな視線もない。
それは平和と言えるのかもしれない。
だが朔には、それが“削られた世界”にしか見えなかった。
やがて街頭スピーカーが起動する。ノイズはない。起動音すらない。滑らかに、穏やかな声が空気に溶ける。
「本日も平穏です。社会秩序は安定しています。皆さまのご協力に感謝いたします。」
その声は、よく設計されている。音域は広すぎず、低すぎず、耳障りにならない範囲で抑えられている。抑揚は一定で、感情の起伏を刺激しないよう微細に制御されている。
IMPLANT-5G対応標準放送音声。











