
第一章 深層起動
首相官邸の地下、通常の動線からは決して辿り着けない領域に、新たな区画が設けられていた。
記録上は存在しない。設計図にも載らない。だがそこには確かに、日本という国家の“中枢”が再編されつつあった。
――特別統合防衛室。
それが、今回新たに設置された機関の名称だった。
入口は三重の認証で封鎖されていた。生体認証、量子暗号キー、そして思考パターン認識。いずれか一つでも一致しなければ、扉は開かない。
その最深部。
静寂に包まれた会議室に、一人の男が立っていた。
泰孝――。
年齢三十代半ば。東京大学を首席で卒業後、オックスフォード大学にて客員教授として招聘された経歴を持つ。IQ150。異常とも言える処理能力と、冷徹な判断力を併せ持つ人物だった。
だが彼は、ただの学者ではない。
国家が選び抜いた“適合者”だった。
「室長、システム起動準備、完了しています」
背後から声がかかる。
振り向くと、数名の技術官と防衛官僚が端末に向かっていた。壁面いっぱいに広がるスクリーンには、日本列島と周辺海域、さらには東アジア全域のデータがリアルタイムで表示されている。
通信、物流、金融、エネルギー――。
あらゆる“流れ”が可視化されていた。
泰孝はゆっくりと頷いた。
「起動しろ」
その一言で、室内の空気が変わる。
数秒後、中央スクリーンに新たな文字列が浮かび上がった。
――IMPLANT-5G:統合制御モード
同時に、複数のレイヤーが重なり合う。
感情同期率、情報拡散速度、世論変動、そして――潜在的脅威。
すべてが数値として表示されていた。
「現在、国内の感情同期率は平均82.4%。安定領域にあります」
「国外は?」
「台湾で上昇傾向。選挙前の影響と推測されます」
泰孝は一瞬だけ目を細めた。
「予定通りだ」
その声には、感情がほとんど含まれていなかった。
この計画は、すでに始まっている。
成立した国家統合――統和党による圧倒的多数支配。そして7兆円規模の防衛予算。
それらはすべて、この瞬間のために存在していた。
「特別命令を確認します」
別の官僚が口を開く。
鹿島公胤の他の作品











